634人が本棚に入れています
本棚に追加
「この秀吉、心配りが足りませんでした」
秀吉は慌てて土下座の姿勢になる。
信長の草履が秀吉の後頭部を踏みつける。
普通の者ならばこれで腹を立てるのだろうかと、秀吉はぼんやりと考えていた。
秀吉に誇りがないわけではない。
誇りは今、仕舞っているのだ。
秀吉を踏む信長の足に更なる力が込められた。
秀吉は頓狂な声を発した。
信長が低い声で笑った。
信長が喜んでいる。笑え。もっと笑うがいい。
「あぎゃぎゃじゃあ」
秀吉は草に頬を着けて、声を出した。
信長が笑った。先程よりも明瞭な笑い声だった。
冷たい土の感触が頬に伝わる。
水野勝元と眼が合った。
秀吉への哀れみと信長への恐懼(キョウク)がない交ぜになった眼差しを水野勝元が送ってきた。
なんのことはない。
信長の草履と土に顔を挟まれながら、秀吉は内心で呟いた。
わしはいずれ天下人になるのだ。
この程度のことが、いかほどだというのだ。
信長よ、お前は今わしを踏みつけて面白がっておろうが、逆だ。わしがお前を踏みつけておるのだ。
ただの一農夫が心に夢を抱いた。
わしは天下人になる。
最初のコメントを投稿しよう!