《4》

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「はい、完全に退きました」 「石川数正よ、お前は随分とわしを手こずらせれてくれたのう」 信長が言って、微笑を浮かべた。 石川数正は無言でうつむいた。 織田軍と今川、松平軍は尾張の石ヶ瀬川を挟んで長く対陣していた。 田楽狭間で今川義元が死んだ事をきっかけに両軍は和睦交渉に入り、10日前に和睦が成立している。 今川、松平軍の総指揮をとっていたのが石川数正なのだ。 「織田様」 本多正信が言った。 「恐れながら、織田様はこれからこの日本という国で大きく雄飛なされるお方」 「おもねるな」 信長が低い声を発した。 臓府を抉るような、迫力に満ちた声だった。 「そなたはそんな男ではあるまい。眼を見ればわかる」  秀吉と同様に、信長も本多正信という男が発する癖のある雰囲気を感じ取っているようだ。 本多正信は顔を上げ、信長を真っ直ぐに見やった。 「では、言わせて頂きます」 正信がいずまいを正して口を開く。 「天下に覇を唱えたければ織田様は松平と同盟を結ぶべきであります」  信長が愉快そうな笑い声をあげた。 「短く、わかりやすい。実に良い物言いだ」
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