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「何やら、悪戯を思いつきましたな」
色の白い老臣が口を開いた。織田家筆頭家老林秀貞だ。
「で、あるか。秀貞」
信長の口癖、で、あるか、が飛び出した。機嫌が良い証拠である。
「私は御館様が子供の頃からよく見てまいりました」
林秀貞が愉しげに続ける。
「眼を見ればよくわかります。また、我ら年寄衆を冷や冷やさせようと企んでおりますな」
信長はうつむき、くくっと笑い、「で、あるか」と言った。
「何を御企みですかな」
林秀貞が言って、座ったまま上体をにょいっと前に出した。
「水野よ」
信長が言う。
水野信元が返事をした。
「石川数正と本多正信はどうしておる。もう岡崎に帰ったのか」
「いいえ」
水野信元が言った。
「清洲城下の旅籠に泊まっていると聞いておりますが」
「使いを出し、伝えよ。明日、わしが会いたいとな」
言って、信長が立ち上がる。
「年が明けたら、竹千代と遊ぶ。本日は解散」
信長が森蘭丸を伴って、辞去した。一同、頭を畳に擦り付ける。
信長は何をする気なのか。秀吉は考えた。信長の足袋が眼の端に見えた。
松平家康はどれほどの覚悟でこの怪物と盟を結ぶ決意をしたのか。
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