《5》

2/22
635人が本棚に入れています
本棚に追加
/387ページ
 岡崎の城下町には桜が満開になり、花吹雪が方々で舞っている。 永禄(エイロク)4年(1561年)4月初頭である。 今川義元が戦死し、松平家康が岡崎城に入ってから、1年が過ぎていた。 忠勝は母親を伴い、生まれ故郷である三河郡蔵前町(現岡崎市西蔵前)から岡崎城下である三河郡康生町(現岡崎市康生町)に居を移した。  岡崎の城下を毎日巡羅するようにしている。 民情は大分安定してきてはいるが、細かいいさかいや犯罪は起きるのだ。 眼は光らせておかなければならない。  家康から呼び出しがかかったのは道々の木が葉桜に変わり始めた4月11日の事だった。 粘り強い桜が起こす小さな花吹雪の中を忠勝は歩き、岡崎城に向かった。  岡崎城は菅生川と矢作川の合流地点にある龍頭山という小高い丘稜の突端に本丸がある平山城である。  川を利用した水壕の所に槍をかまえた徒が二人立っている。 「本多忠勝」と名乗り、渡し板を通った。 大手門をくぐり、登坂を少し行けば、平地に当たる。 ここにある中規模の屋敷で家康と会う事になっている。  屋敷の中に入り、事前に申し伝えられていた部屋に行くと、酒井忠次と知らない若い男が座っていた。 忠勝の姿を見とめると、若い男は軽く会釈してきた。
/387ページ

最初のコメントを投稿しよう!