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忠勝と同じくらいの年齢だろうか。涼やかで切れ長い眼が印象的な男だった。
「酒井殿、お疲れ様です」
忠勝が言うと、「おう、忠勝」と酒井忠次が応えた。
忠勝の内心に緊張が走り、背筋がぴんと伸びた。
ほとんどの三河衆が酒井忠次に軍学の手ほどきを受けている。主君松平家康ですら、酒井忠次には多少の遠慮があるという。
忠勝も酒井忠次の軍学講義を受けた事がある。
元服した今も忠勝の中で酒井忠次への畏敬の念は消えないのだ。
「座れよ、忠勝」
忠次が言った。
「酒井殿、こちらは」
忠勝は座ると同時に若い男に眼を向け、忠次に訊いた。
「榊原長政の次男、榊原康政(ヤスマサ)だ」
「おぉ」と、忠勝は声をあげた。
これが、という想いで康政の姿を凝視した。着物の折り目も正しく、康政の姿にはどこか文化人の風情が漂っていた。
松平家康の近習である榊原康政の噂はよく聞いている。兵書をよく読み、いくつも諳じれるらしい。
まだいくさ場に立った事はないが、軍事演習では石川数正や大久保忠世といった歴戦のいくさ人を圧倒するような用兵を見せたりするという。
「本多忠勝殿ですね」
康政が柔らかい声音で言った。
「お噂は聞き及んでおります。なんでも槍を遣えば右に出る者はおらぬとか」
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