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障子が開き、花の香りが風に乗って、縁の方から流れてきた。
開いた障子の所に家康が立っていた。
「おう、御館様」
酒井忠次が気安い声で言った。
忠勝と康政は頭を下げる。
三河国人衆は家康に対して大袈裟な平伏はしない。
会釈程度だ。これは家康の意向だった。
家康は家臣団との心の距離をいつでも近くしていたいと考えているのだ。
「ご苦労。康政に忠勝よ、よく来てくれた」
家康が言って、酒井忠次の右隣の畳に腰を下ろした。家康と忠次、忠勝と康政が向き合うような形で車座になった。
他国の君主は1段高い畳に腰を下ろしたりするらしいが、家康は忠勝たちと同じ高さの畳に座り、同じ目線で物を言う。
「御館様、本日はいか用でございましょうか」
忠勝は言った。
家康がうむ、と顎を引く。
「昨年から、当家が織田信長との同盟交渉に入っている事は知っているな」
「はい」と忠勝は応えた。はっ、と康政も返事をする。
「先日、信長がわしに書状を寄越してきた。清洲の城で直接話をしたいゆえ、わしに自ら出向いてこい、と」
「おぉ、いよいよ尾張との同盟が成るのですね」
忠勝は自身の声が弾んでいる事に気づいた。
岡崎に入ってから、忠勝はずっと不安だった。
織田との同盟が成らなければ、今川、織田に挟まれて松平家は岡崎で孤立してしまう。
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