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「当家にとってその象徴が、康政、忠勝。お主ら二人だ」
康政が居ずまいを正し、頭を下げた。忠勝もそれにならい、ぎこちなく頭を下げた。
「康政、忠勝。わしの覇業はお主ら二人がこれから先、どのような武士へと成長するかに掛かっていると言っても過言ではない」
「身に余るお言葉」
康政は頭を下げたまま視線を上げて、淀みなく言った。
「恐悦至極に存じます」
「み、みに、あま、あま」
忠勝は康政を真似ようとしたが上手く言葉が出てこず、「あ、申し訳ございません」と言った。
「よい、忠勝」
家康が言う。忠勝は片眼を瞑り、下を向いた。
叔父である本多忠真から礼儀作法のいろはは教えられているが、槍ほど熱心にはやらなかった。
普段は武辺の者と接する機会が多いゆえ、意識する事はないが、康政のようにきっちりした男の隣に出れば浮き彫りになる。自分自身の武骨さが。忠勝は耳が熱くなるのを感じた。
「何はともあれ」
家康が言葉を続けた。
「尾張には何が待ち受けておるかわからぬ。危険な役回りになるやもしれん。それでもわしは、康政、忠勝。お主ら二人に供奉(グブ)を頼みたい。引き受けてくれるか」
「榊原康政、尾張供奉の任、謹んでお受け致します」
康政の口調ははきはきしていた。
「本多忠勝、やらせて、頂きます」
忠勝はたどたどしい口調で言った。
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