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男はずっと走ってきたので、心臓が悲鳴を上げ、息も絶え絶えに、彼女の家のインターホンを押した。
夜分遅くにすみませんと告げると、すぐに彼女が僕を出迎えた。
あれほど、おびえていた彼女は妙に落ち着いて見えた。よかった、彼女は無事だ。
自分の部屋に上がるように、彼女に促され、失礼しますと彼女の両親にあいさつした。
こんな夜更けに非常識だとは思ったが、彼女のたっての願いということで、両親も特別許可したようだ。
「来てくれてありがとう。」
そういう彼女はやけに大人びて見えた。
「うれしかったわ。」
そう言うと彼女は左の手を男に見せてほほ笑んだ。
「あっ!」
男は思わず叫んだ。
その彼女の左手の薬指に輝く指輪を見たからだ。
それは紛れもない、去年のクリスマスにエリカにプレゼントしようとしたものだったのだ。
「そ、その指輪。」
確か、捨てたはずだ。
彼女が死んで、しばらくして海に投げ捨てたはず。
「まったく。私はバカだったわ。あんな不倫の恋に夢中になって命を自ら捨てるなんて。
あのあと、結局、私の親友が私を不憫に思って、密告して課長家族は離散した。
願いはあの卵で叶っていたのに、バカなことをしたわ。」
彼女は何を言ってるんだ。卵?
男は先ほど女に手渡された卵をポケットの中でそっと触れた。
「でも、死んでバカが治ってわかったの。愛するより愛される方が幸せなんだってね。
木村君、私、今幸せだよ。」
そう言って、指輪を見せつけてきた。
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