聖夜の卵

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 その現象が起こる時には、必ず香りが漂った。あの人がつけていた、香水の匂い。昔好きだった、あの匂い。君は自分勝手だ。何故、今になって、僕を困らせる。化けて出るには場所が違うだろう。化けて出るなら課長のほうにしてくれよ。何で、僕なんだ。彼女に危害を及ぼしたら、絶対に許さない。  男はさらに焦っていた。通り慣れているはずの道なのに、なかなか彼女の家にたどり着かない。デジャブ。この道は先ほど通った気がする。どうして、同じ場所をぐるぐる回っているのだ。早く彼女の家に行かなくちゃ。そう考えながら走っていると、何故か行きどまりの袋小路にたどり着いてしまった。そこは、昭和にタイムスリップしてしまったような、小さな商店街で、突き当りにぼんやりと灯りが見え、そこには得も言われぬ美しい女が店先に座っており、その店台には、真っ白な卵が所狭しと乱雑に並んでいた。踵を返して引き返そうとすると、男は声をかけられた。 「ちょっと、そこのお兄さん。」 男は振り向いた。今はそれどころではないのに、その女から目が離せなくなっていた。 「何ですか?僕急いでるので。」 そう言って立ち去ろうとすると、さらに女は声をかけてきた。 「アンタは、彼女を昔好きだった女の手から守りたいんだね。」 そう言われ、男は驚いて振り返り女を見た。 「あんた誰なんだ。」 男は訝し気にその女を見た。 「お兄さんは、第四の色を見ることのできる人と見た。」 「第四の色?」 「そうさ。第四の色。世の中の色ってのは、三原色といって、赤、青、黄色でできているだろう?つまりそれ以外の色ってことさ。」 「じゃああんたは、この世のものじゃあないってことか?」 「さあ、どうだろうね。ところで、これは夜の卵。願いを叶えてくれる卵さ。持ってお行き。」 「何だよ、商売か。今僕はそれどころじゃないんだ。この路地を抜けだす方法を教えてくれるかい。」 「この卵を持っていれば、抜けることができるよ。」 男は半信半疑ながらも、卵を受け取った。 男が金を払おうとすると、女は首を横に振った。 「お代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?」 お代はいらないのにタダではないとはどういうことなのだろう。 でも、一刻も早くここを去りたかったので、男はその言葉を無視して、踵を返してひた走った。  ようやく、彼女の家が見えてきた。彼女を守らなくちゃ。今の僕の願いはそれだけ。
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