喫茶店

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その時、店主が見ているテレビから歓声が聞こえた。どうやら試合が劇的な展開を迎えたらしい。甲子園から聞こえる声は私に夏を感じさせ、今のこの瞬間もまた、いずれは淡い思い出になるのだろうかと考えたりもする。 「甲子園な。」 ラッキーがしみじみといった。 「あれ聞くとやっぱり夏って感じするよなぁ。」 今しがた私が思ったことをそのまま彼は繰り返した。 「でも、春の大会も春の大会で、なんか「夏」感があるのよね。ていうか春の選抜を見た段階で「もうすぐ夏だなぁ」とか思っちゃうね。でもなぁ。あ、子供の頃、おっちゃんも野球やっていたわけやんか。」 いや知らん。 「甲子園とかやっぱり見ていたんよ。甲子園は高校生の頂上決戦。夢の祭典やからそれはもう食い入るように見ていたんよ。だからおっちゃんの中で甲子園に出ている選手って「お兄ちゃん」なわけよね。 それが気づけば同い年になって、ついには年下になって、ほんで子供と同じ歳になって、いよいよ孫と同じになっていく。「甲子園の選手」そのものは歳をとらんわけよ。毎年あいつらは歳を更新しているわけ。 つまり、甲子園を見るたびに人々は自分が「甲子園の選手」を追い越していくのを嫌でも感じるわけよね。それって切ないよなぁ。で、その侘しさ、辛さ、虚しさを全て合わせて「夏の思い出」って感じなんよなぁ。思うもん。あぁ、これって思い出やなぁ。今この瞬間も思い出となっていくんやなぁ、って。」 「でも!!」とラッキーは力強く言う。 正直、後半をほとんど聞いていなかった私は、急に大声を出したぬいぐるみにビクッと体を震わせた。
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