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数あるシールの中で、ひときわ目を引くのが『午前中』のシール。
時間帯指定を示す印だった。
「いま何時だ、言ってみろ!」
「十二時……五分です」
「十二時五分は午前中か、ああん!?」
「違います……けど」
すべての合点がいった。
このバイトを始めてから、このテのクレームには何度も遭っていた。
たぶん、有川は道に迷ったのだろう。
この辺りの複雑な地形では、いくら地図を持っていてもルートをきちんと説明されていても、慣れてない者にとっては迷路も同然だ。
ましてや新人なら尚更なわけで。
「まさかてめぇも新人だから仕方ないとか、ゆとり丸出しなこと抜かすんじゃねぇだろうな! そんなんなぁ、客には関係ねぇんだよ!」
……その通りだった。
「申し訳ございません」
だから謝るほか無い。夕は深々と頭を下げた。
しかし町田の勢いは続く。
「この指輪はただの指輪じゃねぇんだ。俺の結婚を左右する、運命の指輪だったんだよ!」
いきなり何の話だ。
「俺には婚約者がいたんだ。長年の婚活でやっと見つけた、結婚したいと思える女だった」
いやだから何の話だ。
項垂れながらも、夕は心の中でツッコんでいた。
突如繰り広げられた町田の身の上話に、思考はどこか冷静だった。時間帯指定に遅れた申し訳なさも、客の本気の怒りに対する恐ろしさもあえなく失せる。
「だが女は、俺との結婚に迷っていた」
そら迷うわ。
「だから賭けをした。昨日注文した婚約指輪が、今日の正午までに届けば俺と結婚すると。運命の導きに従うと。
ーーそれなのにてめぇらが指輪を届けるのに遅れたせいで、あいつは帰っちまった!!」
ひときわ声を高くする町田に、夕は完全にドン引きしていた。
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