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「ーーいい加減にしろ、このクソ女!」
台車の車輪の音よりも耳につく怒号が、夕の動きを止めさせた。
何だ?
注意して見ると有川の前には中年男性がいた。
でっぷりと太った男だった。ごつい肩をいからせ、拳を握りしめ、地面より一段高い玄関から有川を見下ろしている。遠目にも彼が激怒しているのは明らかだった。
ーーまずい。
本能が「これあかんやつや」と警鐘を鳴らす。
が、放っておくわけにもいかず、夕は有川の元に走った。
「有川さん」
夕に呼ばれた有川は、びくっと身体を強ばらせ、こちらを見た。
さっきまで真っ赤だった頬が、今は真っ青になっている。目には涙がたまり、ひどく怯えている。
どうしたのと有川に聞く前に、夕は中年男性ーー見覚えがある、確か名前は町田(まちだ)だーーに向き直った。
「町田さん、どうしたんですか?」
「どうもこうもねぇよ!」
この反応は本格的にやばい。嫌な予感しかしない。
夕は一瞬だけ考えて、小声で有川に言った。
「有川さん、水嶋さんたちのところに戻って。ここはいいから」
「……でも……」
夕の申し出に、半泣きになりながらも有川は遠慮した。
だが、夕は「いいから」と再度念押しする。とりあえずは彼女を『脱出』させるのが先だ。
有川が申し訳なさそうに頭を下げる。その拍子に涙がこぼれたのが見えた。
「おい待て! てめぇ逃げるのか!」
去ろうとする有川に、町田が罵言を投げつけた。
(ーー女の子に「てめぇ」呼ばわりは無いだろ……)
ムッとしたが態度には出さず、夕は怒り心頭の町田から事情を聞き出そうとした。
「町田さん、何かあったんですか?」
「何かあったかなんてもんじゃねぇよ! 午前中に指定した荷物がいま届きやがった!」
町田の手には、小型の荷物があった。
よく見ると、ネットで有名な宝飾品ブランドの包みだった。
だが、どんなにスタイリッシュなオシャレラッピングでも、『貴重品』『割れ物注意』『天地無用』『上積厳禁』などの大量のシールのせいで無粋なものになっている。
ちらっと送り状を見ると、中身は『指輪』と書かれてあった。
(そういえば、さっき『貴重品だから気をつけて』って言ってたな……)
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