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産地であるアフリカ大陸で生け捕りにされる者もあれば、植民地で繁殖して出荷される者もある。
彼らに人権などない。もっとも、この時代に人権という発想もないのだが。
奴隷がいくら優秀だろうと、全く関係ない。主人より優れた頭脳や肉体を持っていたとしても、問題にされない。奴隷は死ぬまで奴隷なのだ。最初に売られた時、ヤスフェは手枷に繋がれていたのを覚えている。
ヤスフェは、日本 まで運ばれて来た後、イエズス会の宣教師に伴って、織田信長に謁見した。
黒人を見たことがない信長は、黒い人間がこの世に存在する事を信じず、「おおかた、墨でも塗っているのであろう」と、家臣にヤスフェを裸にさせ、しまいには水で体を洗わせた。季節は冬であった。
寒空の下、庭先で体を洗われるのは、南国出身の身には、堪える。だが、屈辱は感じない。ヤスフェは奴隷なのだ。屈辱とは、プライドを持つ者だけに許される感情だ。真っ当な人間ではない奴隷のヤスフェには、プライドなど最初から持ち合わせていない。
ようやく納得した信長は、ヤスフェを大層気に入った。信長に取り入りたい宣教師は、喜んでヤスフェを「献上品」として差し出した。
だが、信長は、ヤスフェを正式な家臣として、召し抱えた。
もう彼が手枷で拘束される事は、無くなった。そればかりか、武器の所持が許され、腰にはいつも刀を差すようになった。
そして信長は、ヤスフェに弥助という名を与えた。れっきとした侍である。
弥助は信長がどこへ行く時も、大槍を携えて同行した。
16世紀の日本で黒人は当然、目立つ。
派手好きの信長には、人目を惹く弥助の存在に、十分満足した。
黒人侍を見物するために、わざわざ遠くから来る者まで居るほどだ。
戦国時代の日本に突如現れた、2メートル近くの巨体を持つ黒い侍。対する見物人達の平均身長は、160センチにも満たない。、
誰もが弥助を「十人力の巨人」 と怖れ、「あんな恐ろし気な男を手懐けるとは、さすがは信長様よ」と心服した。
弥助は、信長のお気に入りの家来になった。
奴隷には必ず所有者がいるが、弥助と信長は部下と上司の関係であり、当然の事ながら給料が支払われる。
そればかりか、ゆくゆくは弥助に城のひとつも持たせてやろうと信長は考えていた。
弥助には、武士としてのプライドが芽生え始めていた。
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