臨終。

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手が痛い。 どれくらい経ったんだろう。 むせ返るような異臭の中、 ひたすらに腕を動かす。 拭っても拭っても、 汗は絶えず溢れる。 風呂場に二人。 ブルーシートの上に、 横たわる彼と、見下ろす私。 右手に刃物、ノコギリ。 左手は動かない肩を掴み、 引いて押して、繰り返す。 何度も何度も。 許せない。 あの時の笑顔も、 あの日の約束も、 嘘だった。 何もかも信じられない。 彼は私の全てだった。 で私は彼の全てではなかった。 許せない。許せない。 浮ついた気持ち。 彼はそう言った。 一度ならと許した。 莫迦だった。 騙された。 思い出して、右手に力が入る。 聞いたことの無い音がした。 構わない。 目の前に転がっているのは、 もう彼じゃない。 あの優しかった彼じゃないから。 押し殺したはずの感情も、 何もかも分からなくなる。 正解。不正解。 憎い。怖い。おぞましい。 許せない。 それでも涙を落としてしまう。 私はもう引き返せない。 逃げられない。 赦されない。 ああ。 もっと、愛したかった。 抱きしめたかった。 「う…うぅ…」 嗚咽。 汗と涙を、 真っ赤に染まる手で。 「疲れた…もうイヤだ…」 持ち主から離れた、 腕、脚。 戻る我も無いが、 震えはもう止まらなかった。 「もう…げんか…い……」 風呂場の鏡に映る自分の顔を見て、 私は
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