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「お?い、スゴイ薬を手に入れたぞ」エス氏は妻を呼びながら居間に入った。
「薬?」ソファに座っていた妻はリモコンを操作してテレビのボリュームを下げてから、振り返るような姿勢で夫のエス氏を見ていた。
「これ」エス氏はビンを妻の顔の前で振った。瓶の中の糖衣錠は涼しげな音を立てていた。
「何の薬?」妻の視線は夫の顔とビンの間を行ったり来たりしていた。
「負けず嫌いになる薬だ」
「……何それ、気持ち悪い。いくらしたの?」妻は汚物を見るような目でビンを眺めていた。
「高かったよ。高いけどそれだけの価値がある」エス氏は手のひらの中でビンを優しく転がしていた。
「負けず嫌いになってどうするの?」
エス氏は嬉々としながら付属の冊子を読み上げた。
『人は誰でも負けず嫌いに生まれてきます。しかし年を重ねると徐々にそれは失われていくのです。世の中で活躍している人を見てください。一流のスポーツ選手やアーティスト、経営者、みんな負けず嫌いです。人と競争し勝つことで一流と呼ばれる地位に登りつめた人たちなのです。この薬はその負けず嫌いな心を減らさないようにするものです。一度心を無くした成人が飲んでも効き目はありません。負けず嫌いな心が残ってる子供に飲ませて、気の強い大人に育てましょう』
「は? あなた、これをケイ君に飲ませる気なの?」妻は小学校3年生になる子供の名前を出して驚いていた。
「もちろんだ。あの子を一流の人間にしたい。人生のドーピングだよ」
「そんな訳の分からないものを飲ませるわけにはいかないわ!」妻の怒りはいきなり沸点に達していた。
「昨日のケイを見たか? テストが70点だったのにヘラヘラ笑ってただろ」
「だから何よ」妻は唇を尖らせていた。
「去年までは点数が悪い時は悔しがって勉強していたのに……運動会の時もそうだった。一位じゃないのに友達と笑顔で喋ってただろ。自分の子供の頃を見ているみたいで辛かったよ。ケイには俺みたいになってほしくないんだ」
「だからと言ってその薬を飲んで効くとは限らないでしょ」と妻。
「効かないとも言えないだろ。こればかりはやってみないと判らん」
エス氏はその後、一晩かけて妻を説得した。子供の体に少しでも異常が出た時点ですぐに服用を止めることと、ずっと欲しかったバッグを買うことを条件に妻は小さく頷いた。
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