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エス氏がいつも通り自転車をこいで帰宅しているとき、ふと視線をコンビニに向けると、立ち読みをしている女性が目に入った。
「あの人は昨日も同じ場所で立ち読みをしていた」エス氏は記憶を遡った。
「夏場なのに着ている服が昨日と同じ」ような気もしていた。
エス氏にとってそれは決して悪いことではない。エス氏も毎日同じ服を着ているのだから。洗っていないわけではなく、同じ服を何着も持っているのだった。朝は服選びをしなくて良いため都合がいいのだ。
次の日。
エス氏がコンビニの前を自転車で走り抜けると、やはり昨日と同じ女性が立っていた。同じ服で。読んでいる雑誌までは分からなかった。顔は好みではなかったが自分と同じ価値観を持っている異性に初めて会えた気がしていた。
しかし自転車を停めるわけにはいかなかった。次の横断歩道の前で少し減速して、信号が点滅した時に急いで渡ると、その後に来る全ての信号を青で渡れるからだった。
自宅のマンションに着くと、エス氏は階段を駆け上がった。エレベーターは一度も使ったことがない。夕食の準備をしている時、いつもより少しだけ時間が遅れていることに気づいた。理由ははっきりしていた。さっきコンビニで見た女性のことを考えていたせいだった。
「これはいかん」
時間にずぼらな女性と出会い自分の時間を乱されるのはもっての外だが、なんで自分と同じような几帳面な性格の女性のことを考えて自分の時間を乱されなければならないのだ。エス氏は遅れを取り戻すために、夕食を食べる際の咀嚼回数を30回から25回に減らした。
次の日も、そのまた次の日も、同じ場所に女性は立っていた。
5日目になるとエス氏がコンビニの前を通り過ぎる瞬間、女性と目が合うようになった。
気のせいだろうと思っていたが、それからというものエス氏が前を通り過ぎる瞬間だけ女性は読んでいた雑誌から顔を上げてエス氏を見るのである。
「彼女は時計代わりに僕を見ているに違いない。僕が通り過ぎる瞬間に狙いすまして顔を上げているのだ。彼女の中のルーティーンに僕は組み込まれてしまったのだ。そして僕の中にも彼女は組み込まれてしまった」
そう思うのに時間はかからなかった。
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