邂逅

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「ぐっ」という声とともに大男がうずくまると、背後に回って首筋に手刀を打ち込んだ。 「サキ、足音を立てないように気を付けろ」  小声で注意し、シャフィークが先頭になって、柱の影や飾ってある裸婦の彫像を小走りで進んでゆく。 「連れてこられる間、この建物の地理は把握した。ここは三階だ。広間のある一階まで降りて、窓から脱出しよう。この大使公邸の外に警官を待機させている。我々の味方だ」  階段や廊下を進むが、驚くほど警備が薄い。客は広間に集まっているし、内部の者は怪しい動きをしないからだろう。毛足の長い絨毯を踏みしめ、華奢な装飾を施された手すりの高さになって階段から下りてゆくと、やっと一階に着いた。廊下を素早く横切り、ひと気のない部屋の扉を開けると、お誂え向きに人がひとり入れそうなはめ殺しの窓があった。窓の外には芝生が広がり、はるか前方には車が数台停まっている光が見える。  シャフィークが窓に背を向け、入ってきた扉の方向を向いて胸ポケットから短銃を取り出した。安全装置を外しながら、沙己に声を掛ける。  「脱出したら、どこでもいいからこの屋敷の外まで走れ。そうすれば、警察が助けてくれる」 「はい」  はめ殺しの窓を上に押し上げ、沙己が窓をくぐる間にシャフィークが銃を構えて扉の方向に注意を払う。自分の心臓の音がやけに大きく響いてしまう。どうか、このままだれも来ませんように。そう願い窓に脚を掛けた瞬間、小部屋の扉が開かれた。 「お待ち下さい、お客様。その者は大事な商品なので、持ち出しは厳禁です。黙って返して下さるなら、我々も深くは追求しません」  沙己たちのいるところから三メートルほど離れた扉を開けたのは、ふてぶてしい経営者の顔を隠そうともしないナディムだった。彼の背後には大男が腹を押さえている。思いのほか早く気が付いたようだ。忌々しそうにシャフィークを指さし、ナディムに訴えている。 「あの男にやられました、間違いありません」  ナディムがふう、とわざとらしくため息をつく。 「お客様、困ったことをしてくれましたね。当店はスムーズな対応を心がけております。このままそこにいる日本人を引き渡すなら、部下をかわいがってくれたことについて言及はしません。ですが我々の要求を無視するなら、命の保証は致しません」
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