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――いやぁ……止めてぇぇえぇ、パパを、お兄ちゃんを食べないでよぉおお。
目の前に夥しい数の骸が重なる。
床を敷き詰める錆色の絨毯からは顔を歪めるほどの臭気がただよい、それがまた朱髪の彼女の恐怖を深めた。
「灼那! 逃げるの!」
「でも、パパがパパが~~それにお兄ちゃんもぉおお!」
二つに結んだ髪を振り乱し半狂乱で叫びあげる。
「判ってる! でも無理なの! もう無理なのよ灼那! 逃げるのとにかく早く!」
母親に腕を引かれ無理やり立ち上がらされ、そして灼那はその場から離れる。
だが、一体どこに逃げればいいのだろう? 道には生きた屍が溢れている。
家にはもう戻れない。
街の人で生存者なんて――いない。
それでも……逃げた。キーの付いたままの車に乗せられ、母は必死に抗った。
そして――
「灼那はここに隠れていて。いい? 鍵を閉めて助けがくるまで絶対に外に出ないで!」
「でも、でもママ、は?」
灼那が心配そうに訊くと、母は優しく微笑んで応えた――私は大丈夫だから、とそして扉は閉められた。
灼那は待った、きっと助けが来ると信じて。母が笑顔で迎えてくれると、膝を抱え何も出来ない自分を呪いながらも、ただひたすら待った。
そしてどれぐらい経っただろうか――震える灼那の耳にノック音。
「だ、れ?」
灼那は尋ねる、希望と恐怖を合わせた声音と表情で、そこに返って来たのは。
「灼那、ママよ。もう大丈夫だから開けて頂戴。救助の人も来てくれてるわ」
その言葉で灼那の顔が見る見るうちに崩れ、嬉しさで涙がボロボロ零れた。
助かった――心の底からそう思った。
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