14人が本棚に入れています
本棚に追加
「不便と書いて‘ちほう’と読むんだよ」
1時間に一本の電車の中で渋谷克己は言った。
「全くだ。僕なんて、駅からバスで30分プラス徒歩20分だぞ」
兜勇治は、スマホゲームをしながら返事をする。
2人は地方国立大学の1年で、授業の帰りだ。
「あぁー、東京に出たかったなぁ。兜も東京に行けなかった口だろ?」
「あぁ。僕の家は2010年に建てたところだからな。
震災でガタがきて、修理に金が要った。
親父は、貯蓄していた僕の教育資金を、住宅の修繕に使いきた上に、
さらにローンが増えたわけだ」
「俺も、家が流されたからな。とても東京で一人暮らしがしたいとは言えなかった」
「渋谷は、結局、一人暮らしをしているじゃないか」
「東京とここじゃ、家賃が違うだろ。
東京で払う家賃があれば、ここでは生活の全てが賄えてしまうのさ」
「確かに、生活費は安いが……。大げさだろ?
僕なんか、ローンを抱えた親父とお袋の陰気な顔を
毎日のように、見なけりゃならないんだ。たまらないよ」
最初のコメントを投稿しよう!