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ジャッキーさんは、ボ、ボクの目の前まで来ると……左手のひらを立て、右手拳をくっつけながら静かに礼をしたの。
ボクはリアルで喧嘩をしたコトはないし、格闘系の習い事もしたコトがない。
でも、このご挨拶は知ってる……抱拳礼だ。
超ロングラン人気格ゲー【アイアンフィスト】の中国系キャラが、戦う前に必ずこの抱拳礼をする。
ボクもコントローラーを介して、何度抱拳礼をしたかわからない。
ジャッキーさんはやる気だ……本気でボクに攻撃を仕掛ける気なんだ。
ど、どうしよう……勝てっこないよ……だってコントローラーがないもの……キャラ操作なら自信があるけど、今ここバーチャルではボク自身がキャラなんだ、……戦うなんて無理だよ。
「ジャ、ジャッキーさん……あ、あの、社長はああ言ったけど、でも……ジャッキーさんの攻撃……避けれるとは思えません……きっとボクのターンが来る前に、ジャッキーさんの攻撃だけで勝負がついちゃいます……せ、潜在能力なんて引き出せない……ううん、そもそもそんな霊力ないです……」
は、恥ずかしいけど、ボクの膝は震えちゃってガクガクしてた。
社長のヨタヨタな動きとはまるで違うんだもの。
ジャッキーさんが操るキャラは、ただそこに立っているだけなのに、隙がなくて、それに圧もすごかったんだ。
「嵐くんはゲームが好きなんだろう? 自分で一本作りあげてしまうくらいだ、プレイ手腕も相当なんじゃない? ん?」
「ゲ、ゲームは大好きです……だって……いろんな人になれるんだもの。勇者にも……魔法使いにも……ドラゴンにも。……トモダチ少なくて赤面症でコミュ障で……小さい頃からの夢で……やっと入ったゲーム会社を1年経たずにクビになるような……現実のボクとは大違いです……」
「……ん、現実なんて案外みんなそんなモノさ。自分だって同じだよ。ゲームはいいよね。なりたい自分になれるんだもの」
ジャッキーさんがボクと同じ……?
そんな訳がないよ、だってジャッキーさんは……ううん、社長も弥生さんもすごく大人で、いつだって堂々としてるもの。
ボクから見たらすごく眩しい、すごく……うらやましい。
こんなボクが唯一、まわりと対等でいられる場所。
それがネットの……ゲームの中の世界なんだ。
確かに……ボクは今、ゲームの中にいるけれど、これは完全なイレギュラーで、いつものように”いろんな人”にはなれないんだ。
だって……
「こ、こんなボクでも……コ、コントローラーさえ持てば……ゲームの中でなら強くなれる……でも……今ここにコントローラーはないから……ボクは……弱くてコミュ障のダメダメな深渡瀬嵐のままなんです……ごめんなさい……社長が一生懸命考えてくれた案なのに……ジャッキーさんは協力しようとしてくれるのに……それに応えられません……」
半泣きだった。
攻撃されるのが怖い……というのもあったけど……それ以上に……せっかくボクの為に頑張ってくれる先輩達の気持ちを無にしてしまうのが……辛くて仕方がなかったの。
ジャッキーさんはベソをかくボクに「ご、ごめんな、決して泣かせるつもりじゃなくて」と謝ってくれたんだけど……それがまた申し訳なくて、ボクもごめんなさいって謝って、どっちも引っ込みがつかなくなった時、
「なぁ、ココにコントローラーがあればいいのか?」
弥生さんがこう聞いてきたの。
「…………え……その……はい、そうですけど……そんなの無理ですよね……?」
だってココはゲームの中だもの。
どうやってそんなコト……
「んー、たぶんなんとかなるよ」
え……?
ホントに……?
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