2366人が本棚に入れています
本棚に追加
____ファウンドイット
そう言ったキーマンさんの足元にあるバッドベアー。
本当によく見つけたな……というくらい、その姿は可愛らしいイメージのテディベアとはかけ離れ、原型を留めていなかった。
元は何色だったんだろう?
クマの縫いぐるみなら……茶色か……クリーム色……あたりかな?
でも……このテディベアはドスのきいた黒だった。
泥と埃、それから長年の雨水が滲み込みこんでいるような。
ずっしりと重たそうでグチャグチャで、直接手で触れるのをためらってしまう。
形も崩れ、ふっくらとしていたはずのカラダは潰れてぺしゃんこだった。
それから……顔。
目と鼻はボタンだと斎藤様が言っていたけど……それもよく見ないとわからない。
ボタンにツヤはなくくすみ、ひび割れ、糸ももろく、緩くたわんで、いつ落ちてもおかしくない状態だ。
10年の月日。
元は斎藤様のお姉さまに、可愛がられていた幸せなテディベアだったはずなのに。
それが突然斎藤様にさらわれて、お腹を裂かれ、呪いの道具にされた挙句、林の中に置き去りにされたんだ。
それまでは屋根のある部屋の中にいたというのに。
雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、誰にも見つけられず林の中に放置された……思えば……バッドベアーもかわいそうなのかもしれない。
だけど、自身の罪を反省し、謝罪する斎藤様を長きに渡り苦しめる。
生者に害を成すクマを見逃す訳にはいかない。
「フォー ナウ……」
キーマンさんは男性にしては細い腰、そこに下がるレザーのウエストバックからビニールの風呂敷のような物を取り出した。
その上に、汚れたバッドベアーを……手が汚れるのも構わずに丁寧に乗せた。
「失せ物探しオンリーのリクエストならこれでミッションコンプリートなんだが……ァァァアア……アウイェッ! 今回は、バッドベアーのゴキゲンも伺わなくちゃならない。というコトでキャサリン、チェリーボーイ、バトンタッチだ。なんたって俺には霊感がない。ベアーボイスもスピリットバディもキャン ノット シーだからなっ!」
ンーフッ! と、大袈裟に肩をすくめるキーマンさん。
嵐さんは「あとはまかせて」とニコッと笑う。
僕は目の当たりにした探知の技に、じわじわ興奮が込み上げていた。
このスキル、僕もぜひぜひ習得したい。
急いで出かける時に限って、スマホや家のカギがなくなる……なんてコトがよくあるんだけど、探知が出来れば慌てなくてすむもんね。
ともかく、まずは目の前のバッドベアーと話をしなくっちゃ。
ベアーはずいぶんと大人しいけど、汚れた縫いぐるみ……あの器の中で息を潜めているのだろうか?
出てきてもらわないコトには話が出来ない。
10年も放置され、斎藤様を脅し続けたバッドベアー。
まともに話を聞きだす事ができるだろうか?
少々の不安はあるけど、嵐さんもいる、僕もいる。
二人がかりで時間をかけて聞き出すしかないな。
この時不意に、キーマンさんの髪色がワントーン下がった。
木々の隙間から零れ降る光が何かに遮られ、元の色に戻ったのだ。
僕は当然、6月の厚い雲が上空で流れ、空と僕達の間に入ったものとばかり思っていた。
だから顔さえも上げず、キーマンさんの髪をチラリと見て、その後は汚れたバッドベアーと、そして嵐さんを盗み見て、話をどう聞き出すか、なんて考えていたのだが……
「お、お、岡村さん……!」
嵐さんの震える声に顔を上げた。
シャイすぎる先輩霊媒師とガッツリ目が合う。
ギョッとして目をそらすはずの嵐さんはそのまま僕を見続けて、かと思うと目線を上に上げ、また下げてと繰り返す。
どうしたの? そう聞く前に嵐さんが言った。
「う、う、う、後ろ……後ろ……」
「ん? どうしたの? 後ろって?」
言われるまま振り返る……と、
『ガァァ……ガァァ……ガァァァァァァアアアアアアアアッッ!!』
そこに視たのは、木々と同等の大きさの黒い塊。
目の部分と思わしき箇所が赤く炎のように燃えていた。
ぶわっと一瞬で鳥肌が立つ。
コイツ……なんなんだ……?
最初のコメントを投稿しよう!