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光を遮る黒い塊。
それを首が痛くなるほど見上げたまま、僕と嵐さんは固まっていた。
正体が知れない。
まさかコレがバッドベアーの本体だとか……言わないよね? てかお願い、言わないで。
『ガァァァアアアアアアアアッ!!』
黒い塊が二度目の咆哮をした。
鼓膜はもちろん、脳ミソまで揺さぶられるような激しい振動。
横にいる嵐さんは両手で耳を塞いでる、細い肩が震えてる。
「大丈夫!?」そうかけた僕の声も震えていた。
黒い塊は林の木々とほぼ同等の高さがあった。
目測……10メートルから15メートル……くらいだろうか。
そして横幅は、その約半分。
あくまで目測だけど、巨大な事には変わりがない。
大きさゆえに全体像が掴みにくいが、まず目につくのは炎のような燃える両眼、それから丸い胴に短い手足、顔も……銅に劣らずまん丸だ。
ああ……クソッ!
このシルエット……どう視たってクマの縫いぐるみにしか視えないよ……!
しかも眼つきはすこぶる悪い。
「嵐さん……、コイツ視てどう思う? 僕はやっぱりバッドベアーの中のクマだと思うんだけど」
「あ、うん……ボクも中のクマだと思う……だ、だって、形が……そのままだもの、クマちゃんだもの……ど、どうしよ……すごく大きいよね、」
”大きいよね”って視たままじゃんか、と突っ込みたいが、言いたくもなる巨大さだ。
今のところ『ガァァアアア』しか言わないからわからないけど、まき散らす圧は友好的とは言い難い。
アウチ……これヤバくない?
「嵐さん、ここは一旦距離を取ろう!」
「う、うん! そうだね」
そう、軽い気持ちで挑んでいい大きさじゃない。
マンションとか建物の三階くらいの全長なのだ。
攻撃なんかされようもんなら終わる。
”終わる”というのは危機的状況になるという比喩じゃない、ガチでヤバイ。
特に、霊と物理干渉が可能な僕は文字通り死すだろう。
い……いやだ!
死ぬくらいなら弥生さんに「大好きです!」って言ってから死にたい!
言うだけ言って返事も聞かずに(や、だって玉砕されるに決まってるし)言い逃げしたい!
『ガァァァァアアアアアアア!! ガァアアアアオッ!!』
鼓膜が震える、耳の奥に痛みが走る。
僕と嵐さんがいる場所からバッドベアー改め、バッドベアー(大)まで数メートル、僕の大股で10歩も行けば届いてしまう。
”引け引けー!” なんて、踵を返した時、ハッと気付いた。
忘れてた! キーマンさんも連れてかなくちゃ!
そのキーマンさんは、バッドベアー(汚れた縫いぐるみの方ね)のすぐ傍に立っていて、キラッと歯を光らせてこう言った。
「ヘーイ! ドミニク、チェリーボーイ! ココにバッドベアーがいるんだな? Where is? マルコー! みどりを怖がらせるワルイ子にお仕置きだ!」
キーマンさんの表情はにこやかで、キョロキョロバッドベアー(大)を探してる。
僕らの位置としては、
キーマンさんと汚れたバッドベアー
↓
僕と嵐さん
↓
↓
バッドベアー(大)
とまあこんな感じなのだけど、キーマンさんの目にバッドベアー(大)は映らないし咆哮も聞こえない。
だからこそ、
「ヘイ! ツーボーイズ! 俺のかわりにベアーのオシリをペンペンしてやってくれ!」
なんて言えるんだ。
僕と嵐さんは目を合わせて苦く笑い、そして巨大なクマに向き直る。
ごめんなさいキーマンさん、無理っす。
だってさ、コイツ相手じゃ世界一危険なオシリペンペンになっちゃいますから……!
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