第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

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クルクル回っていたクマ太郎。 結局霊矢は取れなくて、諦めたのか休憩なのか、突如動きを止めた。 同時、僕は身構える。 もしかしたら巨大なクマは、霊矢を刺したまま攻撃に転じるかもしれないからだ。 …… ………… ………………だがしかし、待てど暮らせどその気配がない。 とりあえず様子を伺っていると……クマ太郎は短い片手をノロノロと腰にあて、前かがみになって頭を下げた。 その姿はまるで深夜の道端、酔っぱらって気持ち悪くなったお父さんによく似てて……だ、大丈夫か?  『ウ……ウガ……』 やだ声ちっさ! いや、これだって聞こえはするけど、さっきまでの耳を(つんざ)く咆哮に比べりゃ乙女の囁き。 こりゃ思ったよりも弱ってる。 てか、えぇ……? なにこれ、まさかの自爆? 確かに霊矢は撃ったけど、それによってのダメージじゃない。 霊矢抜こうとクルクル回ったクマ太郎は、車酔いっぽくなっちゃったん。 三半規管(あるのか?)やられた感がハンパない。 うわぁ、視てるだけで僕まで貰い酔いそう。 んぷっ! あんなん、もう霊力(ちから)を削る必要なくない? どうしよ、(らん)さん呼ぶか。 すっかり酔って大人しくなったクマ太郎だが、最初は一応、拘束した方がいいだろう。 なんたって霊体(からだ)がデカイ。 ちょっとの動きで下手すりゃ僕が死すもん。 僕は後ろを向いて(らん)さんを探した。 けっこう走ったからな、スタート地点がすぐにわからない。 辺りを見回し、先輩霊媒師を探すと…………いた! 茶色と緑の林の中、鮮やかなオレンジ髪はよく目立つ。 見つけやすい事この上ない。 「(らん)さーん!」 両手を上げてブンブンと手を振ると、向こうも手を振り返してくれた。 僕はゆっくり歩きながら、さらに声を上げた。 「クマ太郎、自爆しちゃったのー! クルクル回って気持ち悪くなっちゃったみたいなんだー! だから拘束しちゃってー!」 先にいる(らん)さんは、”わかったよ”の意思表示なのか、両手で大きく丸印を作り、そしてこっちに向かって歩き出した。 意外と簡単だったな。 霊体(からだ)が大きいからその点は怖かったけど、斎藤様に10年憑りつく悪霊の割には弱かった。 いつぞやの公園で、人の悪霊100体相手の方がぜんぜんキツかったもん。 僕はこの時、完全に油断してたんだ。 弥生さんと二人だったとはいえ、100体強の悪霊達を倒したという成功体験が、未熟な僕を(おご)らせた。 無意識の中で、いい気になっていたんだと思う。 先代に”希少の子”だと言われた事も、無限に霊矢を出せる事も……そんなの、そうだとしても、生かせなければ、使いこなせなければ意味がないのに。 「岡村さんっ!! 後ろっ!!」 突然、(らん)さんが大声を上げた。 慌てた顔で、僕と、僕よりかなり上を視ながら、必死さが滲む声だった。 「え?」 言われて訳も分からず振り向くと、バッドベアー(やんちゃなクマ)が僕のすぐ後ろまで迫っていた。
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