第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

95/122
前へ
/2550ページ
次へ
社長の長い長い雄叫びに、 『ハァァァァァアアアアアアアアアアッ!!』 豪然たる気合いが重なった。 転がるクマの側面、地上でカンフーポーズのジャッキーさんだ。 右足を地に着けて、左足は直角に曲げ上げる。 湾曲させた両腕は手のひらを内側に、胸の高さで固定する。 ほどなくして緑の光が霊体(からだ)全体を包みだす。 気合いの声尻に、ダンッ! と左足が地を踏んだ。 それを軸にグルリと回転。 ばね仕掛けよろしく跳ねる右足がクマの横っ腹を蹴りつけた。 その動きを1回、2回、3回、4回、ついでに5回。 ゴッ! ゴッ! と鈍い音をさせながら、横っ腹から脇の下まで、前進しながら重い蹴りを入れた。 『アガァ……ッ!!』 苦痛の呻きがクマから漏れた。 視れば、蹴りの入った五ケ所のすべてが深く抉れ、そこから緑の電気がバチバチと火花を散らしている。 『ジャッキーやるじゃねぇか! ま、俺程じゃねぇけどよ!』 バッドベアー(やんちゃなくま)の腹の上、そこから社長が顔を出す。 ”俺程じゃねぇけどよ”って、ナニ子供みたいなコト言ってんの。 まったく(らん)さん、ちゃんと社長(キャラ)を作り込んでる。 コレ、オリジナルも絶対言うわ。 『ははっ! そりゃどうも』 クシャクシャ頭を掻きながら、そう答えたジャッキーさんは大人だなぁと思う(こちらも作り込まれてるな)。 社長の軽口を右から左に流してるもん。 これが弥生さんなら口喧嘩が始まるはずだ。 『よっと、』 腹から降りた社長がゴツイ手指で印を結び始めた。 オリジナルは複雑な印を得意としない、ゆえにこちらも簡単で短いものだ。 瞬きを幾つか。 結び終えた時、一瞬、フラッシュのような強い光が発せられ、直後、大きな手から矢の勢いで竜が昇った。 その色は血によく似た赤色で、鎌首もたげて優雅に揺れる。 社長は見上げて一言こう言った。 『縛り上げろ』 コクンと頷いたように視えた赤い竜は、倒れたクマを視下ろした半瞬後、速度を持って巨体に絡んだ。 グルグルと幾重にも巻き付いて、咆哮と共に暴れる霊体(からだ)を締め上げる。 『ガァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』 縛られたバッドベアー(やんちゃなくま)は、右に左に霊体(からだ)を捩り、赤き竜から逃れようと必死になった。 あれだけ起き上がれなかったというのに、ビタンビタンと暴れに暴れ、その勢いで霊体(からだ)を起こした。 短い腕は使い物にならない、なぜなら胴ごと拘束されている。 自由になるのは短い足。 これも急がなければ拘束される、そう焦ったのか、バタ足のように足掻きに足掻き、上半身を縛られたまま走り出した。 『逃がさねぇよ、』 「逃がさないから、」 笑いを含んだ社長の声と、真剣な(らん)さんの声が重なる。 ジャッキーさんは腕を組み、黙ったまま口角を上げていた。 この三人の出す空気……僕の入る余地は、まったくなかった。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2367人が本棚に入れています
本棚に追加