第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

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重たい沈黙。 誰も何も言えないでいた。 なにを言っても薄っぺらくなりそうで言葉が出ない。 僕はヒリつく静かさの中、前に聞いた水渦(みうず)さんの言葉を思い出していた。 ____綺麗事ですね、反吐がでます、 ____じゃあ岡村さん、こうしましょう、 ____私の過去とあなたの過去を取り替えるんです、 ____人生全部取り替えて、 ____それでも綺麗事が言えるなら、 ____私は岡村さんに従います、 ____誰も憎まず、清く正しく生きましょう、 なぜ人を傷つけるのか、なぜそこまで人を憎むのか、そう聞いた時の彼女の答えがこれだった。 答えになんかなっていない。 過去を取り換えるなんて不可能だもの。 辛い思いは味わった本人にしかわからない。 他人は想像するしかない。 想像して、わかろうとして、どこまで理解出来るのか、どこまで傷に寄り添えるのか、そこに正確な答えはない。 それはとても曖昧で、下手をすれば寄り添う側の自己満足になる、かえって傷付ける事になる。 そんなつもりじゃなくっても、「わかったような口をきくな」となってしまう。 チビクマは言った。 ”オレはちっとも悪くない”と。 ある意味正解だ。 さらわれて腹を裂かれて使い捨ての道具にされた。 大好きなお姉さまを取り上げられた。 雨風に晒されて十年放置された。 キレイだった本体(からだ)は視るも無残な状態だ。 ”物”に宿った魂のチビクマは、いわば霊体に等しい。 チビクマの話によれば、クマの声が聞こえないお姉さまに霊感はないのだろう。 ”るりに抱っこされたい” そんな切望は霊体のままでは叶わない。 だからと言って……あんなにドロドロになった本体では、お姉さまも驚くだろうし、チビクマも嫌だと思う。 切ないな、今のチビクマに斎藤様を呪わないでくれ、許してやってくれと頼んだところで響くはずがない。 一体なんて言えばいいのかな。 男四人はうまい言葉が見つからず、ただただ黙り込んでいた。 先に言葉を発したのはチビクマだった。 『もういいや……疲れた、……消せよ、オマエらはその為に来たんだろう? どっちにしたってオレはそろそろ限界だ。これ以上抗う霊力(ちから)は残ってない。るりの髪が底をつく。髪がなくなればオレはもう、今までみたいに動けなくなる。るりは遠くに行ってしまった。探しに行くにもどこにいるかわからない。そもそも、オレが動ける範囲はこの林とみどりのいるところだけ。手詰まりだ。なぁ、だから消してくれよ。楽にしてくれ』 消しくれって、それでいいの? あまりに悲しい最期になるよ。 それとひとつ、るりさんの髪が底をつく……? それってどういう…… 「ねぇ、自棄にならないで。お願い、もっと話をしよう。それから髪が底をつくってどういう意味なの? そろそろ限界って……?」 思わず聞いてしまった。 疲労のチビクマは自分を滅しろと言う。 正直滅する事は簡単だ。 ここには手練れの霊媒師が三人と(うち二人は式神だけど)、見習い霊媒師がいるのだから。 滅してしまえば斎藤様は解放される。 だけどそれは解決ではない。 気持ちを無視して切り捨てたくはない。
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