第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

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『髪を使ってたのか、』 そう言ったのは社長だった。 髪を使う……? 使う……使う……あっ! そうだ、前に弥生さんが言っていた。 ”女の髪には霊力(ちから)が宿る”って。 マジョリカさんを口寄せした時に聞いたんだ。 ジャッキーさんに憑りついた悪霊は、弥生さんの髪を欲しがっていた。 『なんだ、ツルツルは髪を霊力(ちから)に出来ると知っていたのか。そうだ……オレはるりの髪を使って動いていた。裂かれた腹に数本の髪。元は縫いぐるみのオレだもの。人の髪なら数本だって大きな霊力(ちから)になる。髪の霊力(ちから)でみどりを脅した。声を届けるくらいならほんの少しで十分だ。けど……それだって頻繁に使ったんじゃすぐになくなる。だからちょっとずつ大事に使っていたんだ』 ああ……だからか、だからチビクマは数か月に一度しか斎藤様の元に現れなかったのか。 『るりに買われて、連れて帰られ可愛がられて、最初に自我に目覚めていったのは数年かけての事だった。それまでのオレは、縫いぐるみ(入れ物)の中からるりを眺めていたんだ。心穏やかで毎日が幸せで、夢の中にいるようだったよ。それが変わってしまったのは腹を裂かれた時だ。あまりの痛さに絶叫した。オマエらだってきっとそうなる。生きたまま腹を裂かれてみろ、化け物のように叫ぶから。その痛みでオレは夢の中から引きずり出されたんだ』 皮肉たっぷりの言い方だった。 ボタンの目は表情を殺すのに、恨み辛みの色が視えた。 チビクマはこうとも言った。 腹がパックリ開いたまま、置いて行かれた林の中。 チビクマは『どうして……? なんで……?』とそればかりを繰り返した。 答えるモノなどいないというのに。 みどりの事は知っていた、たまに部屋にやってくるから。 るりと同じ顔と同じ声、ただ表情は違う。 いつも笑顔のるりに対して、みどりはあまり笑わない。 みどりも笑えばいいのに、るりの妹ならきっとみどりも優しいはずだと思っていたと。 腹の痛みと引き換えに、”幸せ”以外の負の感情を理解したそうだ。 夢の中で見聞きしていた何気ない情報が、チビクマの中で再構築されていく。 おぞましい人の嫉妬と怒りと弱さ。 みどりはるりを妬んでいたのだ、その感情がるりを呪った。 『そうか、そういう事をするんだなって思った。だったらオレもみどりに憑りつき呪ってやると決めたんだ。自分はするのに、されるのは嫌だなんて勝手だろう? 謝っても許してやらない、……でも、もしもみどりがオレを探しに来たら……その時は……許してやってもいいと思ってたんだ、本当にな』 ズーンと重たい空気が流れた。 いつもなら、なんでも茶々を入れる社長でさえ黙ってる。 ジャッキーさんは腕を組んだまま目を閉じてるし、(らん)さんなんて今にも泣きそうだ。 ああ、本当になんて声を掛けたらいいんだろう。 さっきからこればっかり考えてるのに、ちっともいい言葉が浮かばない。 そんな途方に暮れていた時だった。 ザッ、ザッ、ザッ、 草木がすれるような、小枝を踏むような、そんな足音が聞こえてきた。 音の方向に目をやれば、や、ちょ、あれは。 「ヘイヘイッ! ボーイズ! 急にクワイエット(静か)になったがアーユーオッケー(大丈夫か)? ジェーンとチェリーボーイがウォーリー(心配)アイム ヒアー(来ちゃった)だっ! イエァッ!」 我らがスリーマンセルリーダー。 Mrゴーイングマイウェイだった。
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