第十九章 霊媒師 入籍

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◆ 「それじゃあ、二人とも気を付けて。誠、ユリちゃん乗せてるんだから安全運転で行くんだぞ」 玄関で見送ってくれるお義父さんがそう言うとマコちゃんは、 「当たり前だろ。大事な嫁さん乗せるんだから安全第一で行くっつの。親父こそ気を付けて行けよな。今夜からまた地方だろうが」 あ、そうだ、出発今夜だったっけ。 プロレスラーを引退して何年もたつけれど、お義父さんはいつだって忙しい。 講演とか若手育成とか取材とか、いろんな仕事で月の半分は家を空けるんだ。 「ああ、今回はW県に行ってくる。仕事は二日程で終わるけど、帰ってくるのは来週だからよろしくな」 「なんだよ、珍しい。どこか寄ってくるのか?」 不思議そうな顔をしたマコちゃんが聞いたけど、答えるお義父さんはしどろもどろになっている、……こんなお義父さんを見るのは初めてだ。 「んん? ああ、まぁ、その、ちょっとしたヤボ用だ。なに、つまらない用事だから気にするな。そんな事より、早く出ないと道が混むぞ。あ、ユリちゃん、お土産買ってくるからね」 大きな手をフリフリしながら笑うお義父さん。 ヤボ用ってなんだろう……気になるなぁ。 いいや、帰ってきたらこっそり教えてもらおう。 ”いってきます”と”いってらっしゃい”、その両方を言った後、マコちゃんの運転する車に乗って会社へと向かう。 スーツに着替えたマコちゃんはため息が出るほどカッコイイ。 運転にジャケットはジャマだからと私に寄越してハンドルを握る。 チラッと横目で隣を見れば……キャー! ワイシャツの上からでも腕がゴツゴツしてるのがわかっちゃう。 そんな逞しい腕でする五速マニュアルのギアチェンジ。 一速、二速、三速と、ギアが上がるたびに私の気持ちもどんどん上がる。 「ユリ、寒くねぇか? 湿度高いからエアコンつけたけど、止めてもいいぞ?」 止めたらマコちゃん、暑くなっちゃうクセに。 優しいな、いつだって私に合わせてくれる。 「ううん、大丈夫。ジャケットかけてればちょうどいいよ」 「そうか、寒くなったら勝手に止めろ。それとお茶くれ」 「うん」 家から持ってきたボトル水筒には、岡村さんに教えてもらったハーブティが入っている。 マコちゃん、岡村さんのお茶を飲んでから、すっかり気に入ってしまったみたいで、 「あれうまかった。草花磨り潰したみてぇなよ、ハーブティとかいうヤツ」 プロテイン以外でこんなに言うなんて珍しいなと思って、聞いてすぐ、会社のお昼休みに岡村さんと駅ビルまで買いに行ったんだ。 それ以来、ハーブティは切らさない。 片道1時間はかかる距離、マコちゃんは必ず私にお茶をねだる。 お茶を飲んで、おしゃべりして、朝の通勤ドライブは二人っきりの大事な時間、私はこの時間が大好き。 なのに……早起きのせいなのか、車の中が心地いいせいなのか、私は途中でいつも眠くなっちゃうんだ。 マコちゃんは寝てていいぞって言うけど寝たくない。 寝たらそのぶんもったいないもん。 ああ、幸せだなぁ。 この車に何回乗せてもらっただろう。 初めて乗せてもらった時は、嬉しかったけど、それ以上にすごく緊張したのを覚えてる。
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