第十九章 霊媒師 入籍

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研修初日、夕方。 一日があっという間に過ぎて、終業時間になった。 覚える事がいっぱいで、頭から煙が出そう。 だけど楽しい。 学校の勉強とはまるで違う。 事務の業務を覚えたら、覚えた知識で仕事が出来たら、私も大人の仲間入りが出来るかもしれない。 家に帰ったらノートをきれいにまとめよう。 早く仕事を覚えて、社長が安心して現場に行けるように、この子を雇って良かったと思ってもらえるように頑張るんだ。 カバンの中に資料を入れて、すぐに帰ろうと思ったけど足を止め、ポケットから小さな鏡を取り出して……覗き込んだ……けど、映る自分にため息が出てしまう。 私って地味だ……東京に出てきて電車に乗って、そこで見る女の子達は、みんな綺麗で服もおしゃれで垢抜けている。 近くに立たれるとキラキラ感に圧倒されて、自分が恥ずかしくなっちゃうくらい。 明るい色の髪の毛はフワッっと巻かれ、瞳は大きく黒目がち、長いまつ毛はクルンと上を向いている。 本当にびっくりした、東京の女の子は全員天使なんだもの。 それに比べて私は……田舎の女の子そのものだ。 はぁぁ、とため息をもうひとつ。 私は今日一日、ずっと社長にドキドキしてたというのに。 社長は私のコトなんてなんとも思っていないんだろうな。 事務で入った新入社員、それ以上でもそれ以下でもない。 当たり前か……だって社長はあんなにもカッコイイんだもの。 きっとまわりの女の人は放っておかないはず……そう、天使みたいな綺麗な(ひと)がいっぱいいるんだ。 こんな私が社長の”特別”になんかなれるはずがない。 そう思ったら、鼻の奥がツンと痛くなった。 鏡の中の私は目と鼻の頭が真っ赤になっている。 やだな……本当に田舎の子供みたいだ……はぁぁ、ため息も三回目。 でも。 私は目をこすり、滲む涙を強引に引っ込めた。 早く仕事を覚えよう、子供だってやるときはやるんだから。 ”特別”にはなれなくても、仕事を覚えて役に立つんだ。 「ユリがいると助かるな」って言ってもらうんだ。 身支度を整えて、退社前に事務所に顔を出す。 窓いっぱいの夕焼けを浴びながら、社長は机の上に座っていた。 ああもう……ドキンと胸が高鳴ってしまう。 平静を装って、私は社長に声を掛けた。 「おつかれさまです。社長、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」 と、頭を下げて帰ろうとした時、社長は私を呼び止めた。 「おい、ユリ。おまえんち、駅から歩くとどのくらいかかる?」 唐突だった、「おつかれさま」でも「また明日」でもなく、駅からの帰り道? なんでだろ……? 駅までは徒歩でバスは使わないから交通費関係ではなさそうだけど……えっと、確か、 「だいたい15分くらいです。商店街を抜けて、そこからは10分かな」 嬉しい……こんなのただの世間話だけど、仕事以外で話しかけられてドキドキした。 所要時間を聞いた社長は、少しだけ考えて、そしてこう言った。 「ふぅん、けっこうあるな。前に車で通った時に思ったけど、商店街過ぎたら、まわりは暗いよな」 「そうですね。あの辺、なんにもないから」
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