2367人が本棚に入れています
本棚に追加
ふはは、そうだ。
前に社長と岡村さんと先代と、うちの家族でケーキパーティーをした夜。
爺ちゃん達が黄泉の国へ逝った後、みんなでゴハンを食べに行ったんだ。
あの時間はもう暗かったから、それを覚えていてくれたんだな。
「だよな。よし、じゃあ帰るか」
飛ぶように机から降りた社長は、ジャケットを掴むと大股で事務所のドアへと向かった。
あ、あれ?
話の途中じゃなかったの?
いきなり”じゃあ帰るか”って行っちゃった。
も、もしかして……私と話すのつまらなかったのかな。
せっかく社長が話かけてくれたのに、ただただ当たり前のコトしか答えられないから、ダメだって思われたのかな。
そうかも……しれないな。
研修中なら仕事の話が出来るけど、終わってしまえば、なにを話していいかわからない。
社長はきっかけを作ってくれたのに、上手に返せなかった。
ツマラナイと思われたんだ。
ズキン……鼻の奥がさっきよりも痛い。
私は下を向いて、社長に顔を見られないようにしていた。
お、おかしいなぁ。
このくらいのコトで涙が出るなんて、昔、小さい頃、もっともっと辛い事がいっぱいあって、少しくらいじゃ泣かなくなっていたのにな。
「ユリ、何してんだ。早く来い。会社施錠して、セキュリティかけるから。モタモタしてると出られなくなるぞ」
ドアに手をかけ振り向いて、私に早く出ろと言う。
ご、ごめんなさい、すぐに出ますから。
そう言いたいのに、声を出せば半べそなのがばれそうで、無言のまま社長の横を通り過ぎた。
そのまま真っすぐ廊下を歩き、正面玄関を開けて外に出る。
ちょっとだけ振り向いて、おじぎをしたらもう帰ろう。
大丈夫、空は赤く、涙目は夕焼けが隠してくれるはずだ。
こんな事くらいでメソメソしたら、面倒な子供だと思われる。
それだけはいや、子供だと思われたくない。
社長は34才で私よりもうんと年上だ。
社長から見たら18才なんて子供だろうけど、少しでも大人に見られたい。
とにかく。
早く帰ろう、振り向いて、遠くから挨拶して、また明日は笑って”おはようございます”って言うの。
最後にもう一度目を擦り、後ろを向いた。
ちょうどその時、正面玄関の鍵をかけ終えた社長が私を見る。
頭を下げた、「おつかれさん」と社長の声。
私は資料の入った重たいカバンをしっかり持って、駅に向かって歩き出そうとした。
「ユリ!」
低くて大きな声が呼び止める。
声に振り向き、今度は私が社長を見た。
すると、
「どこ行くんだよ。車はこっちだ」
車はこっち? って……?
「どうした、ボケっとして。初日で疲れたか?」
言いながら大股で私の傍に来た社長は、肩にかける重たいカバンをヒョイと持ってくれて……
「送ってく。あの道は暗いからな。ユリ一人で歩かせらんねぇよ」
そう言って、私のカバンを持ったまま、どんどん先に行ってしまう。
送ってく……?
私を……?
社長の車で……?
何を言われているのか、理解が出来ずに頭がグルグル回ってる。
だけど、カバン……社長、持っていっちゃった。
「おい、ユリ。だからなにボケっとしてるんだよ。もしかして腹が減ったのか? ははっ! じゃあ、メシも食ってくか」
振り向いた社長は、優しい顔で笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!