第十九章 霊媒師 入籍

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ふはは、そうだ。 前に社長と岡村さんと先代と、うちの家族でケーキパーティーをした夜。 爺ちゃん達が黄泉の国へ逝った後、みんなでゴハンを食べに行ったんだ。 あの時間はもう暗かったから、それを覚えていてくれたんだな。 「だよな。よし、じゃあ帰るか」 飛ぶように机から降りた社長は、ジャケットを掴むと大股で事務所のドアへと向かった。 あ、あれ? 話の途中じゃなかったの? いきなり”じゃあ帰るか”って行っちゃった。 も、もしかして……私と話すのつまらなかったのかな。 せっかく社長が話かけてくれたのに、ただただ当たり前のコトしか答えられないから、ダメだって思われたのかな。 そうかも……しれないな。 研修中なら仕事の話が出来るけど、終わってしまえば、なにを話していいかわからない。 社長はきっかけを作ってくれたのに、上手に返せなかった。 ツマラナイと思われたんだ。 ズキン……鼻の奥がさっきよりも痛い。 私は下を向いて、社長に顔を見られないようにしていた。 お、おかしいなぁ。 このくらいのコトで涙が出るなんて、昔、小さい頃、もっともっと辛い事がいっぱいあって、少しくらいじゃ泣かなくなっていたのにな。 「ユリ、何してんだ。早く来い。会社施錠して、セキュリティかけるから。モタモタしてると出られなくなるぞ」 ドアに手をかけ振り向いて、私に早く出ろと言う。 ご、ごめんなさい、すぐに出ますから。 そう言いたいのに、声を出せば半べそなのがばれそうで、無言のまま社長の横を通り過ぎた。 そのまま真っすぐ廊下を歩き、正面玄関を開けて外に出る。 ちょっとだけ振り向いて、おじぎをしたらもう帰ろう。 大丈夫、空は赤く、涙目は夕焼けが隠してくれるはずだ。 こんな事くらいでメソメソしたら、面倒な子供だと思われる。 それだけはいや、子供だと思われたくない。 社長は34才で私よりもうんと年上だ。 社長から見たら18才なんて子供だろうけど、少しでも大人に見られたい。 とにかく。 早く帰ろう、振り向いて、遠くから挨拶して、また明日は笑って”おはようございます”って言うの。 最後にもう一度目を擦り、後ろを向いた。 ちょうどその時、正面玄関の鍵をかけ終えた社長が私を見る。 頭を下げた、「おつかれさん」と社長の声。 私は資料の入った重たいカバンをしっかり持って、駅に向かって歩き出そうとした。 「ユリ!」 低くて大きな声が呼び止める。 声に振り向き、今度は私が社長を見た。 すると、 「どこ行くんだよ。車はこっちだ」 車はこっち? って……? 「どうした、ボケっとして。初日で疲れたか?」 言いながら大股で私の傍に来た社長は、肩にかける重たいカバンをヒョイと持ってくれて…… 「送ってく。あの道は暗いからな。ユリ一人で歩かせらんねぇよ」 そう言って、私のカバンを持ったまま、どんどん先に行ってしまう。 送ってく……? 私を……? 社長の車で……? 何を言われているのか、理解が出来ずに頭がグルグル回ってる。 だけど、カバン……社長、持っていっちゃった。 「おい、ユリ。だからなにボケっとしてるんだよ。もしかして腹が減ったのか? ははっ! じゃあ、メシも食ってくか」 振り向いた社長は、優しい顔で笑っていた。
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