第十九章 霊媒師 入籍

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◆◆ どうしようもなくドキドキする。 息をするのも忘れるくらい。 高校受験の時でさえ、ここまで緊張しなかったのに。 だってこんなに社長が近い。 不自然にならないように、そっと隣を見てみると……凛々しい横顔。 ハンドルを操作する丸太みたいな太い腕は、長袖のワイシャツが肘まで捲り上げられて、硬そうな筋肉と立体的な血管が浮かんで見えた。 ああ……だめだ……見とれてしまう。 もっと見ていたいけど、社長に気付かれる前に目線を戻して下を向いた。 気をつけなくちゃ……あんまり見てたらおかしな子だと思われちゃうよ。 運転する社長は「夕方は混むよなぁ」なんて前を見ながら呟いていた。 私に言った感じでもなさそうで、夕方の退社ラッシュ、駅近くの五差路を、器用にくぐるように進んでいる。 東京……人多いな。 田舎じゃこんなに人はいない。 駅も立派だ。 大きな駅ビルに入ったT駅は、朝も昼も夜もいつだって人で溢れている。 駅の中もまわりにも沢山のお店があって、天使みたいな女の子達や、女神みたいな女の人達、それからたくさんの男の人達がおしゃべりしながら歩いている。 こんなのテレビでしか見た事がなかった。 だって実家の最寄駅は無人だもの。 一日に数本しかない電車じゃあ、生活するには不便すぎて、みんな車に乗っていたけど、こんなに大きな五差路なんてどこにもなかった。 田んぼや畑に囲まれた十字路を、譲り合いながら走ってた。 社長……うちの田舎を見たらびっくりしちゃうだろうな。 車の中は静かだった。 音楽もかかってないからなおさらだ。 社長は無口な人じゃない、岡村さんが一緒ならすごくいっぱい話すもの。 手ぶり身振りで、大きな声で笑うんだ。 私も何か話さなくちゃ。 でも何を話したらいいんだろう。 どんな話なら”ツマラナイ子供”だと思われないだろう。 静かなままの車は五差路を抜けて、今度は普通の二車線に出た。 だけどやっぱり広い道で、そこは渋滞してたけど、私はその渋滞がありがたかった。 道が混んでいれば時間がかかる、そのぶん社長と長くいられる。 「ユリ、疲れたか?」 突然社長が口を開いた。 私はびっくりして、緊張も高まって、さっきみたいな失敗はしないように、当たり前すぎる答えじゃなくて、おもしろいコトを言わなくちゃって思ったの。 「つ、つかれてないです。研修、覚えるコトがいっぱいだけど、学校の勉強よりも楽しいし、社長と一緒にいれて嬉しいです、」 あ……失敗した。 途中までは無難だったのに、最後にヘンなコト言っちゃった。 一緒にいれて嬉しいなんて、本当のコトだけど、仕事なのに、研修なのに、不真面目な子だと思われちゃうよ。 しかもぜんぜんおもしろいコト言えてない。
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