第十九章 霊媒師 入籍

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◆◆ アパートに着いたのは、夜の8時半を過ぎたくらいだった。 私は車の中でお礼を言って外に出る。 「帰り道、気を付けてくださいね」 運転席の前に立ち、車を見送ろうと思ったのに、社長は「ああ、大丈夫だ」と言ってすぐ、ドアを開けて外に出た。 運転が疲れたのか、大きく伸びをして首をぐるんぐるんと動かして……それで、それで、私の顔を……を見たの。 彫りの深い大きな目に見つめられて、心臓が飛び出そうな程ドキンとした。 あ、あれ……? どうしたんだろう……? 帰らないのかな……? …… …………も、もしかして、 社長、部屋に来たいのかな……? そ、そうだよね、送ってくれたのに、ゴハンまでごちそうになったのに、お茶の一杯も出さないなんて失礼だよね、 田舎でも野菜を持ってきてくれた近所の人には、上がってもらってお茶を一緒に飲んだもの。 で、でもな、 社長は男の人で、私は子供だけど一応女の子で、 それっていいのかな、 岡村さんがいればまた違うだろうけど、今はいない、 でも、でも、でも………………いいや、 なにが良くてなにが悪いかわからない、でも、いいや、 「……しゃ、社長、あの、よかったら、その、お、お、お茶を、」 しどろもどろで、言葉がつっかえてしまう。 社長は私の肩をポンと叩き、部屋に向かって歩き出す。 同時に、 「お茶くれんのか? でもいいよ。買い置きだろ? とっといてユリが飲め」 う、うん?  か、買い置き? なんか話が噛み合ってないような。 社長はドアの前で立ち止まり、私を見ながらこう言った。 「ほら、早く鍵開けて中に入れ。俺が部屋に入る訳にはいかねぇが、玄関までは入れてくれよ。で、待ってるから、部屋の中を一通り見てこい。誰もいなかったらこのまま帰る。もし誰かが侵入しているようなら、俺がそいつを捕まえるから」 誰かが侵入していたら……? そう言われて私の背筋は一気に冷えた。 そんな事……あるはずない……よね。 だってちゃんと鍵を閉めて出たんだもの。 大げさなんじゃないかな……でも、社長の目は笑ってない。 「悪いな、脅かすみてぇでよ。ま、大丈夫だとは思うけど、用心に越したこたぁねぇだろ。俺は真さんにユリを守ってくれと頼まれたんだ。あの真さんが俺に頭を下げたんだぜ? そんなんされたら約束を破る訳にはいかねぇだろ」 そっか……爺ちゃん、そんな事を頼んでくれていたんだ。 爺ちゃん言ってた、世の中には悪い奴がいっぱいいる、用心して生きろって。 ここは田舎じゃない。 東京で、部屋は一階で、まわりは知らない人ばかりだ。 私は社長に言われた通り、部屋に入ると中を全部見て回った。 部屋も、トイレも、お風呂もベランダも。 「しゃ、社長、誰もいないみたいです」 声が震える。 人の悪意は嫌になるほど知っているはずなのに、爺ちゃん達と暮らしてからは幸せで、それを少し忘れていたんだ。 「そうか。なら良かった。窓の鍵もみんな閉まってるな? じゃあ俺は帰るけど、コレ、身に着けとけ。それでよ、もしも何かあったらさわりながら俺の名前を呼ぶんだ。”社長”じゃなくて”誠”とな。そうすればすぐにわかる。わかればおまえを助けてやれる」 言いながら差し出したのは……赤い水晶のペンダントだった。
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