第十九章 霊媒師 入籍

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◆◆ 次の日、私は早めに出勤した。 ”おくりび”の始業時間は8時半からだけど、会社に着いたのは7時過ぎ。 早く来たのは、研修が始まる前に昨日の復習をしたかったから。 ノートは家でまとめてきたけど、7月の繁忙期まで時間がないもの。 教えてもらった事は確実に頭に入れておきたい。 「きっと一番乗りだ」 ウキウキしながら正面玄関の扉に手をかけ、えいっと引いてみた、けど……扉は開いてくれなかった。 ガチャガチャガチャ、 やっぱりダメだ……何度引いても開かないよ。 どうして開かないか。 それは鍵がかかっているからで、よくよく考えてみれば当たり前だ。 昨日の帰り、社長が施錠してるのを見たじゃない。 普段、霊媒師の先輩方は現場に直行直帰だと言っていたし……と、いうコトは、鍵を持ってる社長が来なければ会社の中には入れない。 そういうの、ぜんぜん考えてなかった…… 頼みの社長は、いつも早くに出社してると言ってたけど、さすがに7時じゃちょっと早すぎたみたいだ。 「……やっちゃった」 せっかく早く来たというのに、これじゃあ意味がないよ。 はぁ、ため息が出た。 たまにこういうポカをする、こんな自分がいやになる……だけど、うん、切り替えよう。 大丈夫、だって資料はカバンの中に入ってるもの。 今日は天気がいい、外で勉強すればいいんだ。 キョロキョロ敷地を見渡すと……あ、花壇のそばにウッドテーブルとウッドチェアーを発見! やったぁ、これで勉強できる!  社長、先代、テーブルをお借りします! ウッドテーブルで昨日の復習をする。 日を改めて見直せば、どこが理解が薄いのかがわかってきた。 あやしい箇所に付箋を貼って、社長が来たら質問しようと準備する。 社長早く来ないかな。 来たらいっぱい教えてもらおう。 それから昨日のお礼も言おう。 社長の事を考えたら、やる気がたくさん湧いてきて、よしっと新たに気合が入った。 時計を見れば8時を過ぎたところで、まだもう少し勉強出来る。 「ユリ? ずいぶんと(はえ)ぇじゃねぇか。つか、こんなトコで何してんだよ」 集中しすぎてまわりが見えていなくって、いつの間にか出社した社長の声にハッとする。 慌てて顔を上げると、そこには半分笑って半分呆れたような社長がいた。 「お、おはようございます」 「おはよ。で? おまえ何してんだ? ……って、オイ、マジかよ。勉強してたのか……」 ウッドテーブルに広げた資料とノートを見た社長が、目を見開いて驚いている。 「べ、勉強っていっても大したコトはしてないです。昨日の復習をしようと思って……あ、そうだ! わからない所に付箋を貼っておいたんです。あとで質問してもいいですか?」 習った事を確実にしたくってそうお願いした。 社長に認めてもらいたいのもある。 だけどそれだけじゃない。 新しい事を覚えるのは楽しい。 社長は少し黙って、軽く息を吐き、私をジッと見てからこう言った。 「ああ、もちろんだ」
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