第十九章 霊媒師 入籍

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「ユリ、眠くねぇなら研修の続きするか? おまえ本当はもっと聞きたいコトがあったんだろ。さっきそんな顔してたぞ」 運転しながら、笑って、だけど真面目な気安さでそう言った。 「ん……と、すみません。私、新しい事を教えてもらって、それが楽しくなっちゃったんです。だから今日一日がすごく早くて、終業のチャイムが鳴ったのに、あと少し……なんて思っちゃった」 「ははっ! スゲェよ。うちの会社にはいないタイプの人間だ。でもな、昨日も言ったが頑張るヤツは嫌いじゃねぇ。一生懸命なヤツは応援したくなる、俺に出来る事なら何でもしてやりたくなるんだよ。ユリを見てると、やっぱり何でもしてやりたくなる、守ってやりたくなる、」 気安さはそのままなのに、話す内容が私の胸を締め付けた。 内側から強い力で掴まれて、さっきよりもくすぐったくて不思議な感覚に支配される。 これは社長のせいだったんだ。 社長が私に何かを言って、それにドキドキして、ドキドキしすぎて溢れてしまうとこうなるんだ。 確証はないけれど、たぶん合っているんじゃないかと思う。 私は膝にかけた大きなジャケットを、社長にわからないように手のひらで撫ぜた。 それはまるで、社長の背中を撫ぜているような錯覚に陥る。 「まぁ、真さんに頼まれてるしよ。なんたってユリは俺より16も年下だ。下手すりゃ、ギリギリ父親だって言ってもおかしかねぇんだ。もう保護者の感覚だわ。つーか俺も年取ったってコトかぁ?」 ははっ、なんておかしそうに社長は笑った。 私は……さっきまでの、くすぐったいような心地の良い感覚が一気に引いて、かわりに心の中がザワザワして、なんだかすごく淋しくて、希望が奪われたような気がして、”保護者の感覚”という言葉が頭の中で暴れてて、心はそれを全力で拒否していた。 ____いつか社長の”特別”になれたらいいなぁ、 ____やっぱり無理かなぁ、 私のキモチ、 昨日よりほんの少し欲張りになってしまって、だからこんなにモヤモヤするんだ。 「ユリ? どうした、黙り込んで。やっぱり眠くなったのか? 寝ていいぞ。シート倒してジャケットかけてよ」 優しいなぁ。 社長といると爺ちゃんと一緒にいた頃を思い出すの。 好き……大好き。 私はシートを倒すかわりに横を向いた。 なんでこんなコトを言ったのか、よくわからない。 もしかしたら寝不足で、勉強のしすぎで、それで、うっかり口が滑ってしまったのかも。 「……わからないコトは何でも聞いて良いって……言ってくれましたよね? あの……ひとつ聞いてもいいですか? 社長は……今、誰かお付き合いされてる(ひと)はいるんでしょうか、」 私の質問に社長はすぐに答えてはくれず、驚いた顔を隠そうともしなかった。
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