第十九章 霊媒師 入籍

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あったかいなぁ。 女の子は手足が冷たい子が多いけど、社長の手はこんなにもあったかい。 田舎は冬が厳しくて、小さい頃は爺ちゃんか婆ちゃんの布団に潜り込んでいた。 どんなに寒い夜でもすぐにポカポカして、私はすぐに眠っちゃうんだ。 昔を思い出すな。 社長といると、幸せだった頃を思い出す。 もう言い訳できないや。 こんな事して、きっと気持ちがが知れてしまった。 好きなのは私だけ。 社長は私を恋愛対象には見ていない。 子供だってそれくらいはわかるよ。 もう、一緒には帰れないかな、 もう、今までみたいに笑い合えないかな、 もう、気まずくなっちゃうかな、 会社、いてもいいのかな、 とにかく……手を離してあやまろう。 こんな事してごめんなさいって……言おうとした時だった。 私の両手の中にあった大きな手が、スッと離れて下にさがり、5速のギアをチェンジをした。 あ……そう……だよね、 運転……ジャマしちゃった。 マニュアル車だもん、私が左手を掴んだままでは操作が出来ない。 “無事にカエル”のお守りを作ったのに、作った私がジャマしてる。 カエルのマスコットはまだ渡してない。 カバンの中に、資料と一緒に入ってる。 せっかく作ったけどな、このままアパートに持って帰ろう。 「ユリ、」 いつもの明るい感じじゃなく、低い声が戸惑うように私を呼んだ。 返事が出来ない。 ____上司に声を掛けられたら、 ____明るく元気にハキハキと答えましょう、 ネットで調べたビジネスマナーにはこう書いてあった。 私は社会人としてもダメダメだ。 声も出せずに俯いていた。 こんな態度は失礼なのに。 ごめんなさい、私のせいで空気が重い。 車は大きな二車線を走っていたけど、突然いつもと違う道を曲がったの。 上京したてで地理がわからないけど、どこかの駅に行くのかな? そうだよね、こんなに気まずい空気にしちゃって、ここからは電車で帰ってくれと言われたっておかしくない。 すぐに降りられるようにしておこう。 膝にかけた社長のジャケットをたたんで、ありがとうございましたって返すんだ。 そう思って、ジャケットを膝からどかし、たたもうとしたら、 「そのままかけてろ。風邪ひいてんだから、」 と、左手が伸びてきてジャケットを上からおさえてしまった。 布越しに、ゴツゴツした手が私の足にあたり、心臓が破裂しそうになった。 ドキドキしてチラリと社長を見ると、横顔は無表情で……やっぱり社長は大人だな。 こんな事くらいじゃ動じないんだと、少し淋しくなった。
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