第十九章 霊媒師 入籍

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車は大きな道をそれ、街灯の少ない細い道を進む。 しばらく走って、それで、速度が落ちてきて…… あれ? この先は行き止まりで、道は突然途切れてしまった。 行き止まりのせいだろうな。 人も車もいない道路はとても静かで、車は道の端に寄せて停車した。 エンジンが止まる。 それに少し遅れて、私の耳はゴウゴウと鳴りだした。 心臓が跳ね回り、手のひらには汗が滲む。 シンと静まった車内。 話なんて出来るはずのない私の代わりに、社長がこう言い出した。 「はぁぁ、俺はバカだな」 「…………?」 社長はため息をつき、ハンドルに顎を乗せている。 なにが……ばかなの? 「ユリが風邪ひいてるのも気が付かねぇでよ」 「え、違、違います、風邪ひいてないです」 私は慌てて否定した。 健康です、身体は元気です。 「でもよ、鼻水出てるわ、涙目だわ、風邪じゃねぇのか?」 「違います、だってほら。今日のお昼はみんなで天丼屋さんに行ったじゃないですか。風邪ひいてたら、あんなに食べませんよ」 言ったあと恥ずかしくなった。 今日は社長とキーマンさんと岡村さんと先代と大福ちゃん、みんなで一緒にランチに出かけた。 大勢で食べるゴハンがにぎやかで楽しくておいしくて、私はパクパク食べちゃったんだ。 「……そうか、食欲はあるってコトだよな。じゃあ、鼻風邪か?」 「社長、一度風邪から離れましょう。私は元気ですよ。鼻水なんて出して紛らわしかったですよね。ごめんなさい」 社長……私が手を握ったコトに触れてこない。 なかったコトにしようとしてるのかな。 大人……だな。 ん……そうするのが一番いいのかもしれない。 私の気持ちに気が付いてないふりをして、このまま社長と社員の関係を崩さなければ、私は社長と一緒にいられる、社長は事務担当を確保出来る。 「じゃあ本当に風邪じゃねぇんだな? 大丈夫なんだな?」 「はい、すっごく元気です」 「はぁぁぁぁぁ、良かったぁぁぁ! いやな、おまえ頑張るタイプだろ。朝も早くから来て勉強してよ。それが頼もしくもあり、(わけ)えから多少の無理も大丈夫かなって思ってたんだ。それに覚えも良いからよ、キーマンの精算も一人でやらしちまった」 「一人じゃないです。キーマンさんがいてくれました」 「まぁな、キーマンなら優しいし大丈夫だろうと思ったけどよ、会社で働くのも初めてなのに一人でやらしちまって、そりゃあ、ユリだから出来るんだけど、それに甘えて無理させちまったかなぁってな。それで体調悪くしたんだと思ったんだ」 本気で心配してくれたんだ。 ちょっと過保護かなとは思うけど、優しさが嬉しくてまた泣きそうになる。
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