第十九章 霊媒師 入籍

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地面に転がる男性は左胸に穴を開けたまま、ほふく前進するようにコンビニへとにじり寄る。 立って歩かないのは身体が痛くて苦しいからだと思っていたけど……ああ、違うかもしれない。 だって不自然だ、太ももの途中からズボンがぺしゃんこになっているの。 まるであの中には何もないみたいに。 細い腕で上半身を引きずるように前に進み、下半身はペラペラとした布がそのあとをついてくる。 足が……ないんだ。 生前に負った怪我なのかな、それとも……死後に負った怪我……? 私は男性から目を離さないまま、スマホを取り出し社長に電話をかけた。 もう会社に来てるかな、それともまだ運転中かな。 怪我をしたこのヒトを放っておけないとは思うけど、相手が亡くなった方ではなにをどうしてあげたらいいか分からない。 出来ればここまで来てほしい……そう思いつつ、呼び出しのコール音を数えていた。 1回、2回、3回、4回……10回、それ以上鳴らしても出る事はなく、私は諦めて電話を切った。 どうしよう……一度会社に行こうかな。 でも、社長は8時半ギリギリに出社しろと言っていた。 今日は小野坂さんがいらっしゃるから、小野坂さんは難しい人だからと。 キーマンさんの交通費精算を、私一人で処理させてくれた社長なのに、小野坂さんの精算は社長か先代が立ち会うとも言っていた。 良い意味で細かい事を気にしない、大らかな社長がここまで言うんだ。 想像以上に難しい方なんだろう。 トラブルを起こさせないための指示なのに、それを破って迷惑をかける事は避けたい。 そうだ、社長を困らせるような事はしたくない。 もしも私が小野坂さんとトラブルになったら、社長が収めるしかないんだもの。 だとしたら。 私ひとりで勇気を振り絞るしかない。 コンビニを目指して這う男性に、声をかけてみようと……思う。 ちょっと怖いけど……悪い人には視えない。 すごく痩せてるけど、すごく苦しそうだけど、目は人のよさそうなおじさんだった。 声を掛けて、事情だけ聞いて、あとで社長に相談しよう。 大丈夫、ここから会社まで50メートルもない。 何かあったら走って助けを求めればいい。 だけどもし、それも間に合わないような事態になったら、その時は。 私はブラウスの上から小さな感触を確かめた。 社長がくれた、赤い水晶のペンダント。 ____これには俺の血が沁み込ませてある、 ____何かあった時、式神が発動すれば離れていたって俺にはわかる、 ____わかればすぐに駆け付けるから、おまえを守ってやるからな、 大丈夫。 離れていたって、社長はいつだって傍にいるんだから。
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