第十九章 霊媒師 入籍

46/102
前へ
/2550ページ
次へ
「あ、あの、大丈夫ですか?」 立ったままだと視下ろすみたいで嫌だから、男性の隣にしゃがみこんで声をかけた。 コンビニ建物までだいぶ近付いた男性の傍、自動ドアが開かないよう気を付けながら、勇気を出して覗き込んだ。 『……………………ぁ、』 男性は地面に近い所から、小さな声を出した後、顔だけを私に向けた。 目が合って、二人とも黙ってしまった。 緊張する……この方が亡くなっているというものあるけど、私は人見知り。 知らない方に話しかけるのは得意じゃないの。 社長なら、こういうの平気なんだろうな。 「ご、ごめんなさい。いきなり話しかけて。怪我をされてるし、辛そうだったからそのままにしておけなくて……あ、あの、怪しい者ではありません。私はこのすぐ先にある、株式会社おくりびの藤田と言います」 男性は私の話を黙って聞いてくれた。 ただしすごく驚いた顔で、胸の傷が痛むのか、手で押さえ眉間にシワを寄せながら。 男性は私の顔を視て、それからキョロキョロと周りを視て、そしてまた私を視た。 『…………お嬢さんは私が視えるのかい?』 それは優しい声だった。 苦しそうな感じはするけど、ゆっくりとした話し方。 あと……懐かしい、男性のイントネーションは北寄りの訛りがある。 田舎を思い出す。 「視えますし声も聞こえます。あの、お身体どうされたんですか? お見かけして心配で救急車を呼ぼうと思ったんですが……でも、」 亡くなってますよね、とは言えなかった。 そんなの本人もわかっているだろうけど、それでもなんとなく言えなかった。 『……あ、うん。そうだね。救急車は……私は乗れないし、もう乗りたくない。ああ……でも、見ず知らずの私を心配してくれてありがとう、それから……今すごく驚いているよ。まさか私に(・・)話しかけてくれる人がいるなんて……嬉しいで、痛……』 男性は話す途中で、胸を押さえて苦し気に呻き出した。 無理もないよ、こんなに酷い怪我だもの。 少しでも痛みが和らげばいいのにと、手を伸ばし背中をさすろうとしたけど、やっぱりそれはダメだった。 確かに背中はあるのに、手ごたえはなくすり抜けてしまう。 『藤田さん……でしたよね。私は菅野と言います。このコンビニの元店長で、去年の年末に事故に遭って死んじゃったの。出勤途中だったのにシフトにも穴開けちゃって、いろんな人に迷惑をかけた。今は……視えるかい? 中でレジを打っている手前側の子。あの子が私の代わりに店長になってくれたの。菅野直樹、私の息子なんだ』 男性に……菅野さんに言われるままコンビニの中を見ると、二台あるレジのうち手前側にいる方……うわぁ、目元がそっくり。 あの方が今の店長さんであり息子さんなんだ。 『親ばかかもしれないけど、息子はしっかり者で店長の仕事もよくやってくれてる。だけど頑張りすぎる所が心配でねぇ。それで成仏しないで傍にいるの』 視た目の優しそうな雰囲気は、話をしても覆される事はなくて、息子さんの優秀さを自慢する微笑ましさと、頑張りすぎる息子さんを心配する親心が、私の気持ちまで温かくしてくれた。 菅野さんは悪い幽霊じゃない。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2372人が本棚に入れています
本棚に追加