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『直樹! 聞いてくれ! お父さんな、黄泉の国に逝く決心がついたんだ。それで最後に直樹に言っておきたい事があって……直樹……直樹……聞こえないかい? 父さんが視えない……? ああ、ダメだ! やっぱり声が届かない……! うぅ……藤田さん! お願いだ、直樹に私の言葉を伝えてください!』
はい、もちろん……!
でも、いきなりで大丈夫かな。
言葉を選んで話さないと、話自体を聞いてもらえないかも。
このチャンスを逃したくないばかりに慎重になっていた。
そのせいで私は、必死な菅野さんにすぐに返事が出来なかったの。
それを……協力に対して躊躇してると、勘違いされたのかもしれない。
菅野さんは鬼気迫る勢いで私に寄ったんだ。
『頼みます! これが最後なんだ、またいつか黄泉の国で会えるかもしれないけど、それは何十年も先の話で、今私が逝けばしばらく会えなくなるんだ! その前に私の気持ちを……! この通りです、藤田さん、お願いですからぁ……!』
必死な菅野さんは、道に額を擦りつけて懇願した。
私はそれを視てギョッとしてしまったの。
「や、やめてください! そんな事しちゃだめです! わかりました、伝えます! 菅野さんの言葉を直樹さんに伝えますから!」
社長よりももっと大人の菅野さんに頭を下げられ、私はパニックになってしまった。
だから……ちょっと声が大きかったのかもしれない。
呼び止められた直樹さんは、唖然とした顔で私を凝視していた。
「………………お客様? なぜ私の名前が”直樹”だと知ってるんですか? ネームプレートを見たのですか? それにしたって変だ。今の言い方……”菅野さんの言葉を伝える”とは? 私の苗字は菅野です。でも、今おっしゃった”菅野”は私の事では……ないですよね。一体誰とお話されてたんですか?」
半分疑心、半分戸惑い、そんな複雑な表情で私を見る直樹さん。
菅野さんは、私の隣で縋りつくように『伝えてほしい』と繰り返す。
信じてくれるだろうか……?
視えないモノを、私のコトバを。
だけど、もう引けない。
伝えるしかない。
手のひらに汗が滲んだ。
私が答えるのをジッと待つ直樹さんを見上げ、すうぅっと息を吸った。
深く吸ったつもりなのに、浅くしか入ってこない。
「は、はい、私が呼んだ”菅野さん”は直樹さんの事ではありません。それと……なぜ私が直樹さんのお名前を知っているか、それは教えていただいたからです。教えてくださったのは、このお店の元店長さん、直樹さんのお父様です」
ちゃ、ちゃんと言えた。
問題は、信じてもらえるかどうかだ。
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