第十九章 霊媒師 入籍

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薄く開けたドア越しに、私は小野坂さんの話を聞いていた。 それはとても辛いものだった。 「その年は冷夏だったそうです。弱い雨が降る公園にグチャグチャに濡れた新聞紙の塊が落ちていて、中に生後間もない赤ん坊の私がいました。あの頃は今みたいにそこらじゅうに監視カメラが付いている訳じゃなく、警察の捜査でも誰が私を捨てたのか分らずじまいでした。きっとロクな人間ではないでしょうね、私が死んでもかまわないと思って放置したのでしょうから」 赤ちゃんを新聞紙にくるんで公園に放置……? 酷い……そんな事する人がいるだなんて信じられ____ううん、 残念だけど、認めたくないけど、いるんだ。 身勝手で、暴力的で、他人を傷付ける事にためらいのない、そういう人達はどこにだっている。 昔、私の近くにもいたじゃない。 働きもしないで、お酒ばかり飲んで、自分の妻と娘に平気で暴力をふるった父親(ヤツ)が。 遊ぶお金ほしさに私を売ろうとして、それを止めたママを殺した最悪で最低なヤツ。 アイツは父親なんかじゃない、嫌い……大嫌いだ。 私から大好きなママを奪ったんだもの。 もう二度と会いたくないよ、一生刑務所に入っててほしい。 もしもこの先、いつかアイツが出所して私の元に来たら……そう思うと、怖くて震えて吐いてしまいそう。 小野坂さんは……親から直接暴力をふるわれたんじゃないけど、公園に捨てられるなんて間接的な殺人未遂だ。 無事だったのは運が良かっただけ。 小野坂さんにそんな過去があったなんて……で、でも、だからといって菅野さんにした事は許されないよ。 複雑な気持ちだな……幼い頃の私は特殊な家庭環境だった。 でも小野坂さんも同じくらい特殊だよ。 違うのは、小野坂さんは”特殊な家庭”すらなかった事だ。 一体……どうやって生活してきたんだろう。 私は耳を澄まして小野坂さんの話に聞き入っていた。 「行き場のない孤児は施設行きと相場がきまっています。例に漏れず私も施設生活が始まりました。そこは地獄でしたよ。食事もろくに与えられず、孤児同士の苛めや職員からの虐待は当たり前。施設ってみんなああなんでしょうか?他の施設に行った事がないのでわかりませんが、少なくとも私のいた施設はそうでした。具体的にどう地獄だったか、この説明は省略します。興味があるなら時間がある時にでも私を霊視してください。勝手に視ていただいてかまいませんから」 ああ……だからさっき言ったんだ、”施設育ち”だと。 小野坂さんに行き場があって良かった……と思う反面、あまり良い環境ではなかったみたいで、それを思うと良かったとは言い切れない。 私は……父親(アイツ)が捕まってから、爺ちゃんと婆ちゃんに引き取られた。 ママはいなくなっちゃったけど、婆ちゃんがおいしいご飯を作ってくれてみんなで食べた。 田舎に行ってすぐの頃、”都会から来たヨソモノ”と私をイジメる子供もいたけど、いつだって爺ちゃんが守ってくれた、私は二人に深く愛されていた。
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