第十九章 霊媒師 入籍

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良かったと、そう思えたのは束の間だったの。 小野坂さんが語ったその後のお話は、信じられない酷い内容だった。 「…………そんな彼女は私よりも先に自立して……とはいえちゃんとした就職はできず、カウンターバーのホステスをして生計を立てていました。18才になった私は、彼女のアパートで居候をしながら、あまり人と話さなくてすむ清掃業になんとか潜り込みました。……あの頃、姉と2人で暮らしていた頃が私の人生のピークだったのだと思います」 お姉さまと暮らしていた頃が人生のピーク(・・・・・・)? 当時18才なら、今の私と同じ年だ。 小野坂さんは一体おいくつなんだろう? それは分からないけど、私と年が近い感じではない。 今はお姉さまと一緒に住んでないの? 離れてしまったの? 「他人が嫌いで自分も嫌いで、だけど姉だけは大好きで、ずっとこのまま姉と暮らしていけたらと思いました。ですが、それは叶いませんでした。姉に好きな人ができたんです。好きになった人はお店のお客さんだと言っていました。お金持ちではないし、口下手な人だけど一緒にいるだけで安心すると、できれば結婚したいと、それはそれは幸せそうでした。それを聞いて私は絶望しました。私はまた捨てられるんだ、このアパートからも追い出されるんだ、見捨てられたんだと」 そ、そんなはずないじゃないですか! お姉さまに好きな人が出来たからって、小野坂さんを捨てるはずがない! 絶望する必要はこれっぽっちもないのに。 中にいる社長と岡村さんの声が聞こえない。 二人とも何も言えなくなっちゃったのかな。 ほんの少しシンとして、でもきっと、岡村さんも私と同じように思って表情に出たんだろうな。 ここからじゃ顔は見えないけど、近くで見ているであろう小野坂さんは、岡村さんに向かってこう言った。 「岡村さん、“それは違う”と思いましたか? この話を聞いた人は全員そう言います。私だって今なら分かります、そうじゃなかたって事が。ですが、あの頃の私は絶望感で一杯だったのです。姉にしてみれば理不尽ですよね。それも分かっています。絶望は簡単に憎しみに変わります。私は姉の幸せを壊してやるとそればかりを考えるようになりました。私を公園に捨てた顔も知らない両親、施設で私を苛めた奴らと虐待した職員達、面白半分に襲ってきた幽霊達、そいつらへの恨み辛みすべてを姉に押し付けたんです。 もちろん姉は無関係です、ただの言いがかりです、タチ悪いです、すべて分かっています。それでも許せなかった。私を捨てて人並に幸せになろうとする姉がどうしても」 どうして……? どうして幸せになるお姉さまを祝福出来なかったんですか? どうして絶望するんですか? そうして絶望が憎しみに変わるんですか? どうして小野坂さんの恨みつらみのすべてをお姉さまに押し付けたんですか? わからない……言ってる意味がぜんぜんわからない。 同じ施設で育って、優しくしてくれて庇ってくれて、施設を出たあともアパートに住まわせてくれて、楽しく一緒に暮らしてた、そんな優しい人をどうして”許せない”と思うんですか……? お姉さまは何も悪くないじゃない。
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