第十九章 霊媒師 入籍

67/102
前へ
/2550ページ
次へ
抑揚のない低い声。 小野坂さんの語る過去に私は絶望と混乱を繰り返していた。 聞けばきくほど辛くなる。 お姉さまを憎む気持ちは膨らみ続け、小野坂さんはとうとう行動に出たと言っていた。 ある夜、小野坂さんはお姉さまの店に行った。 遊びにいったのではない。 お姉さまの職場を破壊しに行ったんだ。 そんな事をすればどうなるのか、自分の立場、お姉さまの立場、すべて足元から崩される。 それはわかっていたはずなのに、それでも行ったんだ。 連絡無しに突然訪ねた小野坂さんを、お姉さまは驚きつつも歓迎してくれた。 ____お姉ちゃんがご馳走してあげる、 ____なんでも好きなもの頼んで、 そう言って小野坂さんの頭を撫ぜてくれたのに、その瞬間、小野坂さんは激高した。 椅子を投げ、お酒のビンとグラスを粉々に割り、持参した墨汁をまき散らし、テーブルもドアも棚も装飾品のすべて破壊した。 抑える事が出来なかったそうだ。 お姉さまを失うくらいなら、いっそ壊してしまいたかった……らしい。 酷い……身内がそんな事をしてしまったら、もうそこでは働けない。 お店を破壊した小野坂さんは、通報によってやってきた警察に取り押さえられたものの、それでも実刑にはならず示談になったと言った。 よくそれですんだな……と思った私は続く話、示談におさまった理由を聞いて、辛くて悲しくて泣かずにはいられなかった。 だって……そんな事をされたのに、落ち度はなに一つないのに、悪いのは小野坂さんなのに。 血の繋がらない妹を庇ったのは、守ったのは、やっぱりそこでもお姉さまだったんだもの。 壊した物を弁償するからと、たった一人の妹だからと、許してくださいと、何度も何度もオーナーさんに土下座して、なんとか示談にしてもらうかわりに、お姉さまは莫大な借金を背負う事になった。 ああ……ああ……酷い……お姉さまがどんな気持ちで土下座したかと思うと……辛かっただろうな、借金を背負うのだって怖かっただろうな、立場もなくて針の(むしろ)だったろうな……ダメ……もうやだ、かわいそうだよ、涙が止まらないよ。 示談が決まるまでの数週間。 小野坂さんは留置所に拘束されていた。 釈放されて店のオーナーさんから呼び出され、示談までの経緯を聞かされた。 お姉さまが土下座した事も、莫大な借金を背負った事も知ったというのに、当の小野坂さんは不貞腐れてそっぽを向いていたそうだ。 そんな小野坂さんだったけど、 『お姉さんは恋人とアナタと3人で暮らせる広いアパートを探していたのに』 オーナーさんからそう言われて、小野坂さんは初めて知った。 自分が誤解していただけだった事を。 お姉さまはたとえ結婚したって、小野坂さんと一緒にいるつもりだった事を。 小野坂さんは、低めの声をさらに低くしてこう言った。 「…………その時、初めて取り返しのつかない事をしたと思いました」 と。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2372人が本棚に入れています
本棚に追加