第十九章 霊媒師 入籍

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「姉とはそれきりです。いまだ会っていませんし居場所も知りません。霊視で探せばいいのにと思いますか? やろうと思えば簡単です。私のスキルなら3日、もし鍵さんに依頼すれば半日もあれば見つける事が出来るでしょう」 霊視……そうだ、小野坂さんは霊媒師なんだもの。 探そうと思えばいつだって探せる。 探さないのかな、お姉さまに会いたくないのかな。 「ですがそうはしません。どうしてかって? それは怖いからです。あんな事をして姉の結婚を壊し、仕事を奪い、借金を負わせた私を恨んでいるはずです。会って謝るのが筋です、お金を返すのが義務です、ですがそれができません。逃げているんです。そんな自分が大嫌いです」 言葉が出なかった。 小野坂さんの過去は辛い、過酷な環境だと思う。 一人ではきっと潰れてしまう。 だけど一人じゃなかった、お姉さまがいた。 優しさに救われただろう、信じてくれて安心しただろう、一緒に住んでくれて楽しかっただろう。 お姉さまは小野坂さんの”特別”だったはずなのに、なのに、小野坂さんがお姉さまとの絆を壊した。 きっと一番本人が壊したくないと思っているのに。 行動が真逆になっている。 お姉さまに対してでさえ、こうだったんだもの。 他人の菅野さんに、どうしてあんな事が出来たのか、今ならわかるような気がする。 複雑な気持ちだよ。 私……正直に言えば、小野坂さんを好きになれないかもしれない。 でも、でもね、同時に社長の言葉も思い出すの。 ____誤解はしねぇでくれ、 ____難しい女だが、根っからの悪人じゃねぇ、 社長がそう言うのなら信じたい……けど。 考え込んでしまった数分、中の会話が耳に入ってこなかった。 小野坂さんのお姉さま、莫大な借金を背負って今どこで何をしてるのか、それが気になってしまう。 どうか無茶していませんように。 どうか苦労があっても幸せでいてくれますように。 会った事もない人だけど、そう思わずにはいられなかった。 意識が現実に引き戻されたのは、小野坂さんの語気強めの声が響いたから。 それは岡村さんへと語り掛けるものだった。 「ねぇ、岡村さん、私いくつに見えますか? 30? 40? 50? 私、まだ25なんですよ? ほら、驚いた。老けてるでしょう? 肌も荒れているし太っているし醜いし。岡村さんは道を歩いているだけで怒鳴られた事はありますか? 汚物を見るような人の目がどんなものだか知っていますか? 岡村さんのような綺麗な容姿を持った人に、家族みんなでハーブティーを飲むような『どこにでもある普通のサラリーマン家庭』という天国に生まれ育った岡村さんに私の気持ちはわからないんです。私はね、憎んでるんです。私を取り巻いてきた環境も、人も、自分自身も、すべてに対して憎んでいるんですよ」 すべてを憎んでいる、その言葉通り、その声には強い怒りと苛立ちが練り込まれていた。
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