第十九章 霊媒師 入籍

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優しい岡村さんは、小野坂さんをなだめるように言った。 「そんな……確かに水渦(みうず)さんの過去は辛いものだったかもしれないけど、それは終わった話です、これからの未来は水渦(みうず)さんが造るものでしょう? このままじゃ未来だって辛くなります、」 辛い気持ちはあるだろうけど未来に目を向けませんか。 そういった意味合いのコトを投げる岡村さんに、小野坂さんの答えは辛辣だった。 「綺麗事ですね、反吐がでます。じゃあ岡村さん、こうしましょう。私の過去とあなたの過去を取り替えるんです。あなたは醜男(ぶおとこ)として新聞紙に包まれて公園に放置される。私は美人までいかなくても人並みの容姿でハーブティーを淹れてくれる普通のサラリーマン家庭に生まれる。その後の人生も全部取り替えて、それでも同じ事が言えるなら私は岡村さんに従います。誰も憎まず、清く正しく生きましょう。そして姉にも謝罪しに行きます」 「そんな事……できる訳ないじゃないですか、」 岡村さんの言う通りだよ、そんなこと出来るはずがない。 出来ない事をわざと言ってるとしか思えない。 ”普通のサラリーマン家庭に生まれた”と言っていた岡村さんでは、過酷な過去を持つ小野坂さんにこう言われたら黙るしかない。 でも……でもね、生意気言ってごめんなさい。 私なら言い返せる。 小野坂さんと状況は違うけど、私だって過酷な過去を持っている。 だけどそれはそれ。 どんなに辛い過去でも、誰かを傷付けていいという免罪符にはならない。 ____自分は苦しめられた、 そういう黒い気持ち……本当の事を言えば、私も少しだけ持った事はあるよ。 小野坂さんの気持ちのすべてがわからない訳じゃない。 ママに会いたくて泣いていた幼い頃、どうして私はこんな目にあうんだろうって恨む気持もあった。 でも、時間をかけて捨てたの。 心が弱れば、悲しい事が重なれば、人は弱い生き物だもん。 気持ちは簡単に黒くなる。 黒くなれば、それが長く続いてしまえば、いつしか自分が黒い事が分からなくなる。 悪態をついて、誰かを傷付けることに抵抗がなくなる、躊躇がなくなる、慣れ切ってしまう。 ヤダ……そんなの絶対ヤダ。 大嫌いな父親(アイツ)と同じになんかなりたくない。 過去に縛られたくない。 私には無限の愛情をくれる人達がいる。 その人達を裏切りたくない、ガッカリされたくない。 だから私は前を向く。
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