2372人が本棚に入れています
本棚に追加
優しい岡村さんは、小野坂さんをなだめるように言った。
「そんな……確かに水渦さんの過去は辛いものだったかもしれないけど、それは終わった話です、これからの未来は水渦さんが造るものでしょう? このままじゃ未来だって辛くなります、」
辛い気持ちはあるだろうけど未来に目を向けませんか。
そういった意味合いのコトを投げる岡村さんに、小野坂さんの答えは辛辣だった。
「綺麗事ですね、反吐がでます。じゃあ岡村さん、こうしましょう。私の過去とあなたの過去を取り替えるんです。あなたは醜男として新聞紙に包まれて公園に放置される。私は美人までいかなくても人並みの容姿でハーブティーを淹れてくれる普通のサラリーマン家庭に生まれる。その後の人生も全部取り替えて、それでも同じ事が言えるなら私は岡村さんに従います。誰も憎まず、清く正しく生きましょう。そして姉にも謝罪しに行きます」
「そんな事……できる訳ないじゃないですか、」
岡村さんの言う通りだよ、そんなこと出来るはずがない。
出来ない事をわざと言ってるとしか思えない。
”普通のサラリーマン家庭に生まれた”と言っていた岡村さんでは、過酷な過去を持つ小野坂さんにこう言われたら黙るしかない。
でも……でもね、生意気言ってごめんなさい。
私なら言い返せる。
小野坂さんと状況は違うけど、私だって過酷な過去を持っている。
だけどそれはそれ。
どんなに辛い過去でも、誰かを傷付けていいという免罪符にはならない。
____自分は苦しめられた、
そういう黒い気持ち……本当の事を言えば、私も少しだけ持った事はあるよ。
小野坂さんの気持ちのすべてがわからない訳じゃない。
ママに会いたくて泣いていた幼い頃、どうして私はこんな目にあうんだろうって恨む気持もあった。
でも、時間をかけて捨てたの。
心が弱れば、悲しい事が重なれば、人は弱い生き物だもん。
気持ちは簡単に黒くなる。
黒くなれば、それが長く続いてしまえば、いつしか自分が黒い事が分からなくなる。
悪態をついて、誰かを傷付けることに抵抗がなくなる、躊躇がなくなる、慣れ切ってしまう。
ヤダ……そんなの絶対ヤダ。
大嫌いな父親と同じになんかなりたくない。
過去に縛られたくない。
私には無限の愛情をくれる人達がいる。
その人達を裏切りたくない、ガッカリされたくない。
だから私は前を向く。
最初のコメントを投稿しよう!