第十九章 霊媒師 入籍

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私は家族のおかげで前を向けた。 だから小野坂さん、お願いです。 お姉さまと過ごした幸せな日々を思い出してほしいです。 小野坂さん、探そうと思えば3日もあれば探し出せるんですよね? だったら探してほしい、今からでも会いに行ってほしいです。 お姉さまはきっと怒ってない……けど、悲しんでいるんじゃないかな。 会うのは勇気がいると思うけど、それでも会わなくちゃダメなんです。 ああもう……自分が情けないな。 こんな所でコソコソ隠れて、ココロの中で色々思って。 私の方こそ勇気のない意気地なしだ。 面と向かってじゃあ何も言えなくなるクセに。 部屋に入る事も出来ないクセに。 「生まれてから25年間蓄積されたこの憎しみはどこにぶつけたらいいのでしょうか? 私はね、この憎しみをそこらを彷徨う幽霊達にぶつけてきました、」 小野坂さんがとんでもない事を言い出したのをきっかけに、今度は社長と言い合いになった。 悪い霊でもそうでない霊でも、無差別に襲ってきた小野坂さん。 霊媒師であるにも関わらず、成仏の意思確認もしないまま気分次第で蛮行を重ねてきた。 社長はそれを再三注意してきたらしく、「もし次に同じ事をしたら解雇する可能性もあると言ったよな?」と、前にしたであろう警告話を持ち出した。 社長の声……いつもと全然違う。 研修中の落ち着いた声とも、車の中の力の抜けた声とも遠く、辛そうで、悲しそうで、それでいてどこかまだ期待しているような声だった。 ”根っからの悪人じゃねぇ”、社長は小野坂さんをこう思っているんだもの。 今度こそ”もう二度としません”と、誓ってくれる言葉を待っているんじゃないのかな。 なのに、小野坂さんは謝りもせず、誓いもせず、改める事もせず、ただのらりくらりとシラをきっていた。 部屋の中は見えないけど伝わるよ。 空気は相当重たくて、イライラした嫌な感じがするの。 このままじゃ三人とも煮詰まっちゃう……心配になるくらい張り詰めた部屋の中、そこに小野坂さんが追い打ちをかけた。 「霊の無差別消去、やめたいのは山々ですが、育ちが悪いのでそう簡単に憎しみは消えません。ですが例えば岡村さん、今後私が負の感情に支配された時、それを抑える為にあなたのご実家をメチャクチャにしてもいいですか? 姉の店を破壊した時のように。例えば社長、私と結婚して家族になってくれますか? そして傍で見張ってて貰えますか? そういった○×※◆◎▽ψ……」 え…………? 手のひらに滴るくらいに汗が滲む、 嫌な熱が一気に上がる、 なにこれ、 耳がおかしい、 声がわんわん響いて聞き取りにくい、 だけどこうなる前、 これだけはハッキリ聞こえた、 ____私と結婚して家族になってくれますか?  抑揚のなさすぎる小野坂さんの声が、頭の中に、高速で、何度も、何度も何度も繰り返される。 結婚……? 小野坂さんと社長が……? その時、考えるよりも先に身体が勝手に動き出していた、 あれほど入れないと思っていた部屋に転がり込んで、 途端靴擦れに激痛が走ったけど、 そんなのかまってなんかいられなくって、 近くの椅子に飛び乗って床を蹴った、 ズシャーーーーっと滑車が運んでくれて、 同時に、 「ちょっと待ったーーーー!」 自分でもびっくりするような大声を上げていた。
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