第十九章 霊媒師 入籍

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ぶ、ぶつかるぅ! ずっと同じ体勢で、急に動いて踵が痛くて、思わず椅子に飛び乗ったけど、滑車で滑って目の前には楕円のテーブルが迫ってる! でも大丈夫!  田舎育ちはこういうトコも強いんだ! 下手によけずにボンッとぶつかり、その勢いで跳ねあがって飛び降りた。 踵はズキズキ熱を持って痛むけど、それ以上に痛いのは、ポカン顔で私を見てる社長と岡村さんの視線。 で、でも、もう引けない……! 「話は聞かせて頂きました! とっくに下に来てたけど、陰でコソコソ聞き耳を立ててたんです!」 私がそう言うと、小野坂さんは無表情ながらジロリと視線をこちらに向けた。 指先が震える、小野坂さんって迫力がある。 ま、負けそう……負けるかも……で、でも、私、が、頑張る……! ふ、普通に挨拶したんじゃダメだ。 私も小野坂さんと同じ辛い過去を持つ事を先に言うんだ。 同じ土俵に立つ、同じコートに立つ、同じ教室に、……あれ、ちょっと違うかな。 と、とにかく、『アナタじゃ私の気持ちはわからない』そう言われないようにするの。 その上で話をするんだ。 「はい、おはようございます! 実の父親に蹴り飛ばされて気を失っている間に、私を庇った母親を父親に殺された藤田ユリが出勤しましたよっと!」 う、上手く言えたかな? 簡潔に分かりやすく言おうとしたら、すっごく短くなっちゃったけど、伝わったかな? 小野坂さんは相変わらず無表情で、だけど眉毛がピクッと動いて、黙ったまま私を見てる。 黙りなさいとも、アナタに何がわかる、とも言わない。 私に話をさせてくれようとしてる? 無表情すぎてわからない……けど、たぶんそうだ。 それなら……勇気を出して言わせていただきますっ! 「自分だけが辛いと思わないでください! 水渦(みうず)さん、でしたよね? なんなら私の過去を霊視しますか? 私もそこそこヘビーですよ? だからって私、人を傷付けたいなんて思いません!」 い、言えた……! だけど動揺しちゃって小野坂さんを”水渦(みうず)さん”なんて呼んでしまった! 初対面で馴れ馴れしくてごめんなさい! 立ち聞きしてる間、岡村さんが水渦(みうず)さんと呼んでいたのを聞いていたから移ってしまったんだ。 小野坂さんはまだまだジロリと私を見てて……うぅ……手の汗すごいよ……倒れそう……心臓がドキドキしてる。 頑張れ私。 言いたい事は、もう一つあるじゃない。 むしろこっちの方が重要なの。 小野坂さんに聞かなくちゃ。 社長と結婚したいって本当ですか? 社長の事が好きなんですか? それだけを聞くつもりだったのに、私の気持ちは隠すつもりだったのに、小野坂さんを”水渦(みうず)さん”と呼んじゃうくらい動揺していた私は…… 「そ、それから水渦(みうず)さん! さっき言ってた、その、社長と、け、け、け、結婚っ! だなんて絶対認めません! だ、だ、だ、だって、しゃ、社長は、社長は、私と結婚するんですからーーーーっ!」 考えていた事と口から出た事が、自分でも引くくらい違っていた。
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