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廊下から庭まで、10キロくらいあったら良かったのに。
社長と手を繋いだ数メートルは、夢のような時間だった。
大きくて、ゴツゴツしてて、包み込んでくれて、それからすごくあったかいの。
私が転ばないようにと考えてくれてるのか、少し強めにしっかりと握ってくれて、途中何度も「ゆっくりでいいからな」と言ってくれた。
先に行って待ってたっていいのに。
その方が社長は楽なのに。
____アホか、置いていけるかよ、
口は悪いけど、社長は優しいよ。
こういうところ、爺ちゃんにすごく似てると思う。
乱暴者に見えるのに、本当はとっても情が深いの。
叶うなら……社長の”特別”になりたかったな。
「ユリ、そこに座れ」
会社の庭のウッドテーブル。
着いてすぐ社長は、椅子に座るように勧めてくれた。
ここに……勉強道具無しで座るのは初めてだ。
ノートも、資料も、ペンも、付箋も何もないテーブルは、こんなに広かった……? と思うくらいで、向かいに座った社長がやたらに遠く感じた。
……
…………
………………
お互い、目を合わせたり逸らしたり。
そんなコトを繰り返しているのに、どちらも何も話せない。
いつもならよく喋る社長も黙ったままで、ただでさえ緊張している私はなおさらだった。
どうしよう……頭の中はグルグルで、気持ちばっかり焦ってしまう。
社長も同じ気持ちなのかな、やっぱり落ち着きのない顔をしていた。
……
…………そんな時だった。
一緒に庭に来ていた大福ちゃんが、バレリーナのような優雅さでテーブルの上に乗ってきて、話の出来ない私と社長を順番に視てから『うなぁん』と一声鳴いたんだ。
「……あ、」
私は小さく声を上げ、社長は黙ったままだけど、それでも二人して大福ちゃんに注目した。
その大福ちゃんは、私達の視線を気にする様子もなく、テーブルの真ん中に座り足を伸ばすと、たゆんとしたおなかをザリザリと舐め始めた。
春の日差しをたっぷりと浴び、陽炎のような揺らめきに包まれる大福ちゃんは、全身がキラキラと輝いて視えたんだ。
「大福ちゃん……キレイ」
思わず見惚れて呟いてしまう。
社長も目を丸くしながら毛繕いの猫又ちゃんを視つめ、
「確かにキレイかもな……だけど……ははっ! コイツ、どんだけマイペースだよ。なにもこんな所でくつろがなくても他にいい場所いっぱいあんだろ、」
ふはは、社長の言う通りだ。
庭には気持ちの良さそうな芝生も、キレイな花壇もあるというのに。
なのにワザワザ、ぎこちない空気のこのテーブルのど真ん中で……ふはははは。
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