第十九章 霊媒師 入籍

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「この会社に入る前、爺ちゃんとアパートに向う途中で初めて会った時の事、覚えてますか?」 私の気持ちが錯覚ではないとわかってくれて、それがすごく嬉しくて、力が抜けて、だからもっと伝えたくなったんだ。 どうして社長を好きになったのかを。 私の質問に社長は目を細めて答えてくれた。 「覚えてるよ。最初にエイミーが気付いたんだ、田所さんによく似た子が歩いてるって。あん時、俺らを見たユリと真さん、不信感全開だったよなぁ。ま、無理もねぇけどよ。いきなり呼び止められて『僕達、霊媒師です!』なんて言われたんだから」 あの時は本当に驚いたし、最初は少し怖かった。 東京に来て、アパートまでの道をおっかなびっくり歩いていたら、突然声をかけられたんだもの。 隣にいた爺ちゃんは、知らない男の人から私を守ろうと……そう、闘争心丸出しで岡村さんに凄んだんだ。 私はそれをすぐ近くで視ていたのに、爺ちゃんを止める事が出来なかった。 普段なら、ケンカっ早い爺ちゃんが怒りだしたら、割って止めに入るけど、そう出来なかったのは、ひどく混乱してしまったから。 爺ちゃんと話をするこの人は誰なの?  どうして声が聞こえるの?  どうして姿が視えるの?  爺ちゃん……幽霊だよ? って。 優しい性格の岡村さんはタジタジになっていて、爺ちゃんは一方的に捲し立て、どうしようって思っていたら……社長が二人の間に入ったんだ。 激しい爺ちゃんに一歩も引かず、下手(したて)に出るでも、上から視るでもなく、対等に、軽い口調で、だけど岡村さんを守るという意思はしっかりと主張しながら。 私はすごく驚いたんだ。 だって爺ちゃん、家族には優しいけど、口は悪いしケンカっ早いし、田舎では陰で“狂い熊”なんて呼ばれてて、そんな爺ちゃんに逆らおうなんて人は今まで誰もいなかった。 なのに……社長は爺ちゃんとケンカを始めちゃうんだもん。 ふはは、懐かしいなぁ。 あれからそんなに時間は経っていないのに、すごく昔の事に思える。 「あははは、真さん強かったなぁ。俺、親父以外であんなに追い詰められたの初めてでよ。最後の蹴りで倒れてくんなかったらマジ危なかったわ」 そう言った社長は楽しそうで、社長が楽しいと私も楽しくて、一緒になって笑ってしまう。 別々に生きてきてた二人が初めて出逢ったあの日は宝物。 だって私と社長、同じ記憶を持っているんだもの。 「……小さい頃からずっと言われていました、『結婚するなら爺ちゃんみたいな男を選べ』って。私から見た爺ちゃんは、優しくて強くて働き者でいつも豪快に笑ってて……最高にカッコいいの」 「昔気質の男だよな。曲がったことが大嫌いで、仕事に真面目で、家族が大事でよ、」 「……はい。ママが死んじゃって、爺ちゃんと婆ちゃんに引き取られて、何年も声が出なくなって無気力になって、すごく迷惑かけたと思います。だけど絶対に私を責めなかった。『ユリは独りじゃない、爺ちゃんと婆ちゃんずっとが守ってやる。迷惑かけるなんて思うな、むしろかけろ。俺達は家族なんだから』って言ってくれて、どんなに救われたか、どんなに嬉しかったか、」 そうか、小さな声で呟いた社長の目は、ちょっぴり悲しそうで、だけど優しくてあたたかかった。 ああ、私は社長のこの目が好きなんだ。 なんでかわからないけど安心する、出来れば、この目の届く範囲にいたいなぁと思う。
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