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花壇に飽きた大福ちゃんが、テーブルに戻ってきた。
春の日差しが気持ち良いのか、丸くなってスヤスヤと眠っている。
私は頬杖をつきながら、社長の顔を眺めていた。
幸せだなぁ。
研修中でも車の中でも、あんまり見てたらおかしな子だと思われちゃうから、たくさん見るコトは出来なかった。
それが今、思う存分見てられる。
答えを探す社長は、それどころじゃないんだもの。
「だめだー」
組んだ腕を解いた社長は私に完全降伏で、
「いやぁ、わかんね! ギブだ! 教えてくれよ、ユリはなにを思い出してほしかったんだ?」
答えのおねだりを始めた。
ああ、楽しいな。
車の中より、もっとたくさん話せてる。
社長も楽しいかな、そうだといいなぁ。
「仕方ないですね、教えてあげます」
エヘンとふざけて威張ってみせる。
社長は大袈裟にひれ伏せて「お願いしますよ、ユリ先生」とおどけてみせた。
「ふはは、いつもと逆ですね。仕事中は社長が先生なのに」
たまにはいいよね。
こんなふうに話して楽しくて、願わくば……振られた後も今と同じようにいれますように。
そんなコトを頭の片隅で考えていたら、社長がとんでもない事を言い出したの。
「ばかだな、俺は先生なんかじゃねぇよ。ユリは俺より年下だけど、おまえに教わることもたくさんあるからな」
わ、私に教わること……?
そんなのないよ、ボンッと顔が熱くなる、手のひらが一気に湿る。
訂正! 訂正しなくちゃ!
「え、や、そんなコトないです、私なんてまだまだです!」
顔が熱いよ、どうしよう、あ、そうだ!
私は目の前で丸くなる、大福ちゃんのおなかに顔を埋めた。
ああ……ひんやりして気持ちいい……
顔の熱さが取れたところで、私は社長に、どうして好きになったのか、その答えを話したんだ。
「……ママが死んで父が逮捕されて独りになって、それまで会ったこともない爺ちゃんと婆ちゃんに引き取られ、慣れない田舎暮らしが始まって、あの頃の私はこの世の中で独りぽっちだって思っていました。爺ちゃんも婆ちゃんも優しかったけど、私が来たことで近所からヒソヒソされたし、私のご飯代や教科書代でお金だっていっぱいかかるから、申し訳なくて、自分はお荷物なんだと思ってました」
「……ああ、」
「そんな時に爺ちゃんに『迷惑かけるなんて思うな、むしろかけろ。俺達は家族なんだから』って言われて……それから少しずつ私達は家族になってきました。なのに爺ちゃんも婆ちゃんも立て続けに死んじゃって、私は本当に独りになりました。だから社長に拾ってもらえて嬉しかった。……社長が言った通りなんです。天涯孤独の1人暮らしに初めての会社勤め。不安だらけで心細くて、社長も岡村さんも先代も大人でしっかりしてるのに、私1人が未熟者だから迷惑かけないように頑張らなくちゃって、すごく気を張ってました、」
「……ああ、」
言葉は短い。
それでも社長は真剣な顔で聞いてくれていた。
同情するでもなく、意見を言うでもなく、ただただ聞いていてくれた。
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