第十九章 霊媒師 入籍

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花壇に飽きた大福ちゃんが、テーブルに戻ってきた。 春の日差しが気持ち良いのか、丸くなってスヤスヤと眠っている。 私は頬杖をつきながら、社長の顔を眺めていた。 幸せだなぁ。 研修中でも車の中でも、あんまり見てたらおかしな子だと思われちゃうから、たくさん見るコトは出来なかった。 それが今、思う存分見てられる。 答えを探す社長は、それどころじゃないんだもの。 「だめだー」 組んだ腕を解いた社長は私に完全降伏で、  「いやぁ、わかんね! ギブだ! 教えてくれよ、ユリはなにを思い出してほしかったんだ?」 答えのおねだりを始めた。 ああ、楽しいな。 車の中より、もっとたくさん話せてる。 社長も楽しいかな、そうだといいなぁ。 「仕方ないですね、教えてあげます」 エヘンとふざけて威張ってみせる。 社長は大袈裟にひれ伏せて「お願いしますよ、ユリ先生」とおどけてみせた。 「ふはは、いつもと逆ですね。仕事中は社長が先生なのに」 たまにはいいよね。 こんなふうに話して楽しくて、願わくば……振られた後も今と同じようにいれますように。 そんなコトを頭の片隅で考えていたら、社長がとんでもない事を言い出したの。 「ばかだな、俺は先生なんかじゃねぇよ。ユリは俺より年下だけど、おまえに教わることもたくさんあるからな」 わ、私に教わること……? そんなのないよ、ボンッと顔が熱くなる、手のひらが一気に湿る。 訂正! 訂正しなくちゃ! 「え、や、そんなコトないです、私なんてまだまだです!」 顔が熱いよ、どうしよう、あ、そうだ! 私は目の前で丸くなる、大福ちゃんのおなかに顔を埋めた。 ああ……ひんやりして気持ちいい…… 顔の熱さが取れたところで、私は社長に、どうして好きになったのか、その答えを話したんだ。 「……ママが死んで父が逮捕されて独りになって、それまで会ったこともない爺ちゃんと婆ちゃんに引き取られ、慣れない田舎暮らしが始まって、あの頃の私はこの世の中で独りぽっちだって思っていました。爺ちゃんも婆ちゃんも優しかったけど、私が来たことで近所からヒソヒソされたし、私のご飯代や教科書代でお金だっていっぱいかかるから、申し訳なくて、自分はお荷物なんだと思ってました」 「……ああ、」 「そんな時に爺ちゃんに『迷惑かけるなんて思うな、むしろかけろ。俺達は家族なんだから』って言われて……それから少しずつ私達は家族になってきました。なのに爺ちゃんも婆ちゃんも立て続けに死んじゃって、私は本当に独りになりました。だから社長に拾ってもらえて嬉しかった。……社長が言った通りなんです。天涯孤独の1人暮らしに初めての会社勤め。不安だらけで心細くて、社長も岡村さんも先代も大人でしっかりしてるのに、私1人が未熟者だから迷惑かけないように頑張らなくちゃって、すごく気を張ってました、」 「……ああ、」 言葉は短い。 それでも社長は真剣な顔で聞いてくれていた。 同情するでもなく、意見を言うでもなく、ただただ聞いていてくれた。
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