第十九章 霊媒師 入籍

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社長の目は月みたいだな。 淡い光で照らしてくれて、尊重して見守ってくれるんだ。 「入社説明の初出勤の日を思い出してください。社長は私にこう言ったんです。『独りで抱えるな、なにかあったらすぐに言え、迷惑になるとか考えるな、むしろかけろ』って。あの時の衝撃は忘れられません。だって……私が不安でどうしようもない時に、昔の爺ちゃんと同じこと言ってくれる人がいるなんて思いもしなかったから」 すべてはあの日から始まった。 あの日がなければ今はないの。 「あの日から社長のことが気になりだして、研修で一緒にいる時間が長くなってから、どんどん気持ちが大きくなってしまったんです。本当は……ずっと内緒にしてるつもりでした。でも、小野坂さんと結婚しちゃうのかなって思ったら黙っていられなくなってしまって……ごめんなさい、社長を困らせるつもりはなかったのに、」 これで……これでぜんぶです。 言いたいコトはぜんぶ言えた、言えて良かった。 言えずにいたら、私の気持ちが錯覚だと思われたままだったら、きっと後まで後悔する。 振られても、社長の”特別”になれなくても、言わないままよりずっと良い。 社長はなにか言おうとして、だけど言葉にすることはなくて、ただ私を真っすぐに見つめていた。 恰好良いなぁ……見惚れてしまう。 私が好きになった人は、どこまでも素敵で優しいんだ。 「ユリ、」 しばらく沈黙し、社長が私の名前を呼んだ。 呼ぶ前と呼んだ後、その短い時間を超えてから、この場の空気が変わった気がした。 どう変わったのか……それは……よくわからない。 だけどドキドキする、怖いくらいに胸が高鳴る。 合わせたままの目は、私を捕らえて離さない。 いつもの優しさはあるけれど、それは奥に潜み、熱の高さを思わせる……そんな色が瞳に浮かんでいた。 なんだろう……? 胸の奥がくすぐったいよ、甘くしびれて、その感覚に戸惑って涙が出そう。 社長……どうしたの? 私も……どうしたんだろう……? わからないコトはなんでも何度でも聞いていい、そう言ってくれる社長だから、私は、これがなんなのかが知りたくて、聞こうと思って、……だけど、また声が出なくなってしまった。 …… …………テーブルの向こう側、 丸太のような太い腕が、こちらに向かってゆっくりと伸びてきた。 社長の腕なら私まで十分届く。 目が……釘付けになってしまう。 指先を目で追って、やがて私の目の前までやってきて、それで、それで……髪……私の髪にそっと触れたの。 その瞬間、まるで矢で撃たれたみたいに、強い何かが私の中を通り抜けた。 急激に熱が上がるのを感じた、 身体が震えて泣きそうになる、 視界が透明に歪みはじめる。
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