第十九章 霊媒師 入籍

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◆◆ 「ユリちゃん、本当に良かったねぇ、」 夕方の終業時間少し前。 私以上に半べその岡村さんが、私と社長のコトを喜んでくれている。 先代もおんなじで、「若いっていいねぇ! めでたいねぇ!」と何度も何度も繰り返し、社長に「しつけぇよ!」と笑いながら怒られていた。 ひときわ無表情な小野坂さんはいうと、 「なにもこんなウンコ野郎と一緒にならなくてもいいものを……ですが……まぁ、ユリさん だ け 幸せになってください。清水は不幸になれっ!」 ……と、お祝いなのか呪いなのかよくわからないお言葉を頂いた。 私達を霊視(のぞいて)いた岡村さんと小野坂さんにたっぷりとお説教した社長が、私と付き合う事になったと先代に報告してくれた時に…… ____俺はユリと結婚する、 ____当たり前だろ? きゃ、きゃーーーーーー! 思い出しただけで失神しそう……! 私はまだなにも言われてないのに、社長の中では、その、わ、わ、私と……け、結婚っ! するつもりでいてくれて……ど、どうしよう、こ、これが大人なんだなぁって、私はまだまだ修行が足りないなぁと痛感したんだ。 終業のチャイムが鳴って、岡村さんと大福ちゃん、それから小野坂さんと先代の三人とイチニャンは、そろって会社を後にした。 私は一人で事務室に残り、社長が戻って来るのを待っているんだけど……どこに行ったんだろうな。 ちょっと待ってろ、なんていなくなって15分。 事務室のドアが開いた。 「おう、待たせたな。探し物をしてたんだ」 大股で数歩、あっという間にそばに来てくれた社長は、私の足元に小さなサイズのサンダルを置いてくれた。 「社長……これは?」 それは茶色のサンダルで、おしゃれとは……言い難いけど、機能性重視の履きやすそうなものだった。 「生前、ジジィが使ってた健康サンダルだ。買い換えてすぐに死んじまったからほとんど使ってねぇ。ジジィは小柄だしよ、これならユリでも履けると思ってジジィの机から持ってきた。足、(いて)えだろ? 女が履くには地味すぎるが今日だけこれで我慢しろ」 私の靴擦れ……忘れないでいてくれたんだ。 嬉しいなぁ……ありがたいなぁ。 「社長……ありがとうございます。で、でもお借りしていいのかな、だってサンダル(これ)、先代の形見ですよね、それを私が……」 「いいんだよ、形見っちゃあ形見だけど、死んでも毎日一緒にいるしな。それにジジィもユリが痛がってるの視たら、サンダル使えって言うと思うぞ?」 た、確かに。 「わ、わかりました。じゃあ、今日だけお借りします」 思い切って甘えるコトにした私は、パンプスを脱いで先代のサンダルに足を入れた。 「あ……足の裏が気持ちいい、ツボ押しになってる……」 思わず独り言。 聞いた社長は「ははっ! 良かったな」と楽しそうに笑った。 夕方の光を背中に受けて、逆光が、表情をさらに柔らかくさせていた。
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